聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

人の思っていることが分かると・・・

人の思っていることが聴こえてくる

 

確先生は思っていることが、どんどん聞こえてくる能力があったそうです。

 

人が心の中で思っていることが、そのままダイレクトに伝わきてしまうのだそうです。

 

これは非常に重宝なようでもありますが、少なくとも確先生の体験で言えば、この能力で嫌な思いをしたことの方が多いと言います。

いくつか書きます。

 

〇 ある時、用事があって知人の家を訪ねた時のことです。

応対にでてきたのは、初対面の人ですが、知人から話に聞いていた人です。

その人はにこやかに「いらっしゃいませ。さあ、どうぞ、どうぞ、おあがりください」と愛想よくニコニコとして言いました。

でも、確先生にはその人の心の声が聞こえるのです。

「ああ、これが親戚中で気ちがいだという噂の確か。いや親戚ばかりじゃない、親兄弟までが,"確の気ちがい”といっていたっけ……」そんな心の声が聴こえた確先生は、とても平静でいられず、思いっきりギョロリ、と目をむいて相手をにらみつけて、そのまま一言も言わずにさっさと引き上げてしまいました。

そうなると、ますます「ああ、あの確はやっぱりヘンなんだ、気ちがいなんだ」という事になるのでした。

 

〇 知人の結婚式でのことです。

確先生が披露宴の席について、しばらくしたころです。

広いテーブルに次々に着席する招待客たちの心の声が、さざ波のように聴こえてきました。

「あれが気ちがいの隈本か」

「ああ、あれが大酒飲みで若い頃は喧嘩ばかりしていたという、あの隈本か」

「家が手広く商売をしているからって、威張り散らしてばかりいるというのは、あの男か、ふん、なるほど傲慢そうな顔をしているわ……」と、こんな調子で、あっちからもこっちからも、列席者の心の声がザワザワと聞こえてくるのでした。

ついに、確先生はいたたまれなくなって、披露宴が始まる前にさっさと席を立って家に帰ってしまいました。

すると、招待主を初め、招待された人たち全員が不快な表情をあらわにして、心の中では「やっぱり」と言っているのです。

「やっぱり、あいつは気ちがいだ。それにしても、披露宴も始まらないうちに帰ってしまうとは、何という無礼な奴なんだろう。これからは、あの人間と付き合うのは、いっさいやめよう」という事になるのでした。

こんなことが重なって、確先生の"気ちがい”の噂はますます広まりました。

 

〇 確先生の心の声が聴こえる能力は、それだけではなかったのです。

お土産物や贈り物とかの物品からでさえも、その送り主の声が聴こえてきたのです。

例えば、土産物をあけた途端に、その菓子折りの中から相手の声が聴こえるのです。

「あの気ちがいには、これくらいのものをやっておけば邪魔しないだろう。ああ、これをやっときゃいいさ」

途端に、確先生は、菓子折りごとわしづかみにして、庭に、土間に、たたきつけるのです。

 

〇 こんなこともありました。

用事があって親せきの家に出かけて、そこで食事が出されると、食卓に並んだ皿の中からも、ご飯の盛られた茶碗の中からも、その家人の声が聴こえてくるのでした。

「確の気ちがい、早く帰りゃあいいのにさ……」

またしても、確先生はものも言わずにスクッと立ち上がって、そのまま家に帰ってしまうのでした。

当時、まだ若かったこともあって、典型的な読心術のために、端から見るとずいぶんと失礼な態度をとっていました。

 

 

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知らなくていい事がある

 

う~ん、私も人の本心を知りたいと思うと気がありますが、確先生のこの体験談を読むと、知らなくていいなぁと思いました。

 

人間、知らないほうがいい事ってありますからね……

人間は肉体があるから、本心を隠せます。

 

だから、本心は地獄の住人のような腹黒い人でも、天使のような清らかな心を持った人とでも交流を持つことができます。

 

凡夫の私がこんなことを言うのもなんですが、人間をつくられた創造神である素の親様は、やっぱりすごい方ですね。

 

人間であるときは、相手の心の中が見えないので、地獄の住人の心を持つ人間も天使のような清らかな心をもつ人間も、同じ人間です。

 

それだから成り立っている人間界ですが、人間の本心を知ると、穏やかでいられなくなったり、逆に相手の優しさを知ったりすることもあると思います。

 

たぶん、良い事より嫌なことの方が多い気がします。

そんなことは当たり前だと言われれば、当たり前なんです。

 

でも、素の親様は人間界にいる時に、魂を磨き向上させなさい、という課題を私達人間に与えられています。

 

この人間界では、人を殺してはいけない、とか人間界の中でのしてはいけないという掟があります。

でも、大霊界での掟は人間界の掟とは全く違います。

 

大霊界では、魂だけになった時に魂の行き先がはっきりして、もう二度と地獄界の住人と、天使のように清らかな心を持つ人とはかかわれません。

 

本当は、人の本心を知ると怖いという事を書きたかったのに、全然違う話になってしまいました。

 

 

 

 

 

確先生の20代以降の憑依体験

確先生の20代以降の憑依体験

 

10代の頃から常に死の恐怖と戦っていた確先生、20代も続き得体のしれない死の恐怖にさいなまれていました。

 

それでも確先生は、日常生活ではワルでした。

売った喧嘩も売られた喧嘩も負けたことがなかったといいますから、強かったんですね。

 

学生時代のクラスメートに道端で出会うと、確先生の顔を見るなり一瞬ビクッとしてと立ちすくんで、逃げて行くという事がよくあったそうです。

 

ところが、20代になった確先生は、喧嘩どころではなくなっていきました。

 

霊視や霊聴が頻繁に沸き起こってくるだけでなく、心身のバランスの崩れがさらにひどくなってきました。

 

20代、30代と悶々と過ごし、確先生の心身を悩ませる不思議な苦しみは40代近くまで続きました。

 

〇 何年間も続いた後頭部の頭痛、あまりの痛みのために顔つきがゆがんでくるのが自分でもわかるくらいです。

痛さがあまりに続くので、自分の頭を割って自分の脳みそをひきずり出したい衝動にかられたといいます。

 

〇 激しい胃の痛みが7年間続きました。あまりの胃の痛みのために顔面が蒼白になり、ひきつり、毎朝布団から起きだす時には、うつぶせになった背中の上から誰かに乗って踏みつけ、足踏みしてもらわなければならないほどでした。

刀で腹を一文字にかき切って胃袋を引き出して、それを力いっぱい投げつけてやりたい!と思っていたといいます。

 

〇 25歳くらいの時、7月~9月の3カ月余りの間、毎日11時~16時までの間、耐えがたい寒気に襲われ続けました。時計が11時を告げる音と共に、激しい悪寒がやってくるのです。

真夏だというのに、襖も障子もぴったりと締め切って、冬布団を3枚重ねた中にうずくまる風にして、震えていたといいます。

ところが、いくら布団や炬燵で暖めても、体の中から寒気が襲ってくるのであまり効果はなかったそうです。

しかも、激しい悪寒に伴って、確先生の全身の骨はうずき、ほんの少しでも布団から手を出すと、とたんに、電流が走ったようにズキッズキッと痛み、思わず悲鳴を漏らしてしまうほどでした。

当時、確先生は、ぶるぶる震えながら熱いうどんをかきこんでいたそうです。

そうでもしなければ、本当に凍え死にそうな心地だったといいます。

ところが、16時になると途端に、それまで体の中から冷凍されていくような異常な寒気は、ウソのようにきえてしまうのです。

11時から16時までの5時間の間は、震えながら厚い布団にくるまって冷や汗を垂らしていた自分は、いったいどこへ行ってしまったのか、きつねに化かされたような釈然としない気持ちで、茫然としてしまう確先生でした。

 

〇 40歳くらいになるまで確先生は、人ごみの中にいることが耐えられませんでした。

デパートや商店街、大きなビルなど、とにかく人の大勢いるところに出かけると、確先生の心の中には、津波が押し寄せてくるよにに恐怖心がどんどんわいてくるのです。

恐ろしさのあまり足は引きつり、一歩一歩、足を踏み出すのがやっとでした。

 

〇 車でも自分が運転する以外のものに乗った時には、体中から脂汗がにじみだしてくるような恐怖感を味わっていました。

乗っている間中、刻々と、命が削られていくような感じがしたといいます。

やむを得ずバスなどに乗らなければいけない時は、胸ポケットに自分の名刺を用意をしておき、いつでも取り出せるようにしていたといいます。

万が一の場合には、誰か近くに座っている人に渡して、家族に連絡をしてもらおうと思っていたそうです。

 

確先生は、こういうことは一般の人にはとても理解できないことかもしれないけれど、本当にそれほど切羽詰まっていたといいます。

乗車中のいつ何時、あまりの恐怖心の為死の寸前まで行き、実際にあの世行きになってしまうかもしれない状態でした。

 

 

 

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40歳が境目?

 

こんな状態が続いたら、こんなありきたりな言葉しか見つかりませんが、辛かったでしょうね。

確かに一般の人には理解ができないことでしょう。

 

武田邦彦先生は、子供の頃から体が弱くて長生きはできないだろう、と言われていたそうです。

ところが、武田先生が40歳を過ぎたあたりから元気になったそうです。

 

確先生も40歳を境に霊媒体質が治まったようです。

武田先生も病気がちだったというのは、きっと霊媒体質だったのでしょうが、40歳を境に元気になって今は70代後半です。

 

武田先生は、ネットの動画で元気いっぱいによくしゃべっています。

しゃべり過ぎではないか、というくらいです。

 

この40歳というのは、個人差はあるとは思いますが、憑依霊を受け付けなくなるくらい魂が強くしっかりしてくる年齢なのでしょうか。

 

何となく思いました。

確先生に聞いてみたいです。

 

それにしても確先生の体験というのは、壮絶ですね。

神霊の知識がないと、色んな病院のはしごですね。

 

世間一般に、この日神会の教えが広がることを望みます。

 

10代の頃の確先生の体験談

夜中急に呼吸ができない!!!

 

今回も確先生の霊媒体質の体験談です。

確先生が十代の頃の話です。

 

確先生が眠っている真夜中に、突然胸元が締め付けられるような息苦しさを感じ、目を覚ましました。

 

目を覚まして気が付いたのですが、自分自身が息をしていないのです。

呼吸が完全に止まっていました。

息を吐くことも、吸うこともできません。

 

死の恐怖が津波のように襲ってきました。

確先生は、もがくようにして布団をはねのけ、真っ暗な部屋の中を転げまわり、逆立ち、ひっくり返り畳の上に嫌というほど打ち付けるのです。

 

思い余って、手の指を喉の奥に突っ込んで、思いっきり喉をかきむしる……すると、スーっと体の芯の方から何かが抜けていく感じがして、だんだん意識がなくなっていくのがわかるのです。

 

――助けてくれーッ!!確先生は、地獄の魔王にもすがる想いでした。

 

そして、ようやくかすかな呼吸がつけたときの安ど感、深夜、乱れた布団の上にジーッと座り込んで、確先生は、とめどもなく涙を流しました。

 

—―いったいどうして自分だけがこんな奇妙な苦しみに合わなければならないのだろうか、考えれば考えるほど情けなく、確先生の心の中には、絶望的な未来ばかりがかんじられるのでした。

 

しかも、深夜のこの奇妙な苦しみは、一時期の確先生は、毎晩眠りについてどれくらいか経ったころに突然呼吸の停止という現象によって、たたき起こされるのでした。

 

—―今夜も、寝ると、又あの死の恐怖が襲い掛かってくるのだろうと、思うと寝るのが怖くなってきました。

 

夜が来るのが怖くなってきました。

確先生は、毎日この恐怖の想いを抱きながら、生きていかなければならない自分自身がふがいなくて、嫌でした。

 

一人で涙にくれて、いっそのこと、手首を刃物で切って……いや、鴨居に帯をぶら下げ下げて……それとも、岸壁から海に飛び込んで……高い建物の上から飛び込んで……こんなことばかりを考えていました。

 

またほかの時は、不意に心臓が異常な勢いで鼓動をしはじめることがありました。

 

突然、心臓の鼓動が激しくなって、その音が外部の空気をも振るわすようにして、確先生の耳にはっきりと聞こえて来るのです。

 

確先生は、胸のあたりにしっかりと両手を当てて、いつ心臓が破裂するのではないかという恐怖感で微動だにもできないほどでした。

 

こうして死の恐怖を味わう事数十分、心臓の異様な高鳴りはようやく静まっていくのでした。

 

—―人に話してもわかってもらえない、こんな苦しみをもった確先生が、いったいどうして生きていかなければいかないのか……

 

確先生は、子供心にもそんなことを思っていました。

 

 

 

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霊媒体質

 

まだ十代でこの体験は辛いですね。

前回私は友人の話を書きました。

この友人の弟さんが日神会で言うところの霊媒体質です。

 

普通に言うと統合失調症です。

入院をしていたという事ですので、けっこうの重症だったのかもしれません。

 

詳しくは聞いていないので、わかりません。

私もまったく知らなかったのですが、数年前に友人が教えてくれました。

 

確先生のこの体験談を読んでいると、本当に大変ですね。

ぐっすり眠っているところに、いきなり息ができなくなる、それが毎日ではそりゃ、夜が来るのが怖くなりますよ。

自殺を考えるのもわかります。

 

こんなつらい気持ちを誰もわかってくれない、確先生のような体験をしている人は、今でも沢山いるのでしょうね。

 

私が、確先生の本を読んでいて思うのが、本当に意志の強い方だという事と、目の前の出来事に対して非常に冷静で客観的な方だと思います。

 

神霊を扱うと、ちょっとした想いが霊を見る時に違いが出てくるように思います。

 

思い込みや願望が少しでもあると、現実を見誤ります。

ほんの少しの願望や思い込みがあると、その通りに見せてくれます。

 

確先生は、そういう自分の願望や思い込みを、しっかりコントロールできているというのは、こういう憑依霊との闘いの中で培われたものかな、と勝手に想像しています。

 

10代だとまだ、聖の親様との出会いはなく、一人で霊と戦っていた頃だったでしょうから、本当に大変だったと思います。

霊族

確先生は強度の霊媒体質

 

隈本確先生は13歳ころから予知が始まりましたが、それだけではなく、日増しに体の具合が悪くなってきたといいます。

 

確先生は、幼い頃から元気そのもののやんちゃ坊主だったそうです。

 

予知は、無意識のうちに沸き上がり、それにつれて確先生の健康状態は、急速に下降線をたどっていきました。

 

確先生は、過去の自分の人生を振り返ると、何百、何百万という霊に身も心も苦しめられ、他人にその話をすると正気の沙汰かと疑いの目で見られるような奇怪な霊的体験が沢山あったといいます。

 

この体験は、霊媒体質であったからこそ、神霊能力者としてやってこれたとも言えるといいます。

 

確先生は、わが身に襲い掛かって来た無数の霊現象の中から、確固たる神霊能力を習得してきたのです。

 

世の中には、自分でもそれと気づかずに低級霊と深く結びついて、そのために悲惨な人生を歩んできている人も多いです。

 

確先生は、それら霊に感応しやすい体質・心質をもった人達の総称として、霊族という言葉を受かっています。

 

 

 

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友人が不整脈

 

私は、中学時代の友人と未だに連絡を取っています。

私は現在は関東圏にいますが、実家は北陸です。

 

友人は、一度私とは別の関東圏にいましたが、地元に帰り、地元で結婚をして今も地元に住んでいます。

 

その彼女とは、以前はたまに手紙をやり取りをしていて、一年に一度の年賀状だけは必ずお互いにやり取りをしていました。

 

でも、メールをするようになったここ数年は、お互いにメールでやり取りをするようになりました。

今でもやり取りはメールです。

 

一時、友人にLINEをしているかどうかを聞いて、していたらLINEに切り替えようかと思いましたが、最近はLINEは危険だという事を聞きましたので、メールのままにしておいてよかったと思っています。

 

その友人ですが、最近不整脈が心配だと言ってきました。医者からは、このままでは危ないので手術をするようにと勧められている、という事をメールに書いてきました。

 

今まで、私は宗教を信じているという事は友人には伝えていましたが、内容は説明をしたことはありませんでした。

 

友人も特に聞いてくることもなかったので、そのままにしていました。

 

友人が不整脈を患っていることも知らなかったし、医者から手術を勧められているほどだとも知りませんでした。

 

友人は、胆石だった弟さんの手術が失敗をして、手術のやり直しがあったりで、すっかり手術には消極的になっていました。

 

そんな話を知っていたので、私は友人さえよければ友人を浄霊しようと思いました。

 

それで、友人に私が宗教を信じていて、それは神様のエネルギーを病気の部分に流すことによって、病気が良くなるものだという説明をして、あなたさえよかったら流すけれど、良いかなという事をメールで送りました。

 

友人はぜひお願いします、と言ってきたので早速霊流を流しました。数日霊流を流し続けましたら、友人から不整脈を忘れるくらいになって来たという連絡がありました。

 

それからまた数日後に、全く不整脈の感覚がなくなって来たという連絡が来ました。

 

メールからしかわかりませんが、最初不整脈が心配だというメールの時よりずっと明るく元気な感じがしました。

 

そのメールに私はこのように返信しました。

お医者さんからもう大丈夫だという言葉をもらえるまで流し続けるので、お医者さんからもう大丈夫というお墨付きがもらえたら教えてほしいし、それまでは霊流を流し続けるという事を伝えました。

 

そしたら友人は、手術をしたくないオーラを出し続けている私に、先生は切れそうになるのを我慢しながら、次の予約は11月になったそうです。

 

当分は流し続けることになりそうです。

でも、友人が元気そうになって良かったです。

 

日神会では一応遠隔治療は親族以外はしないようにと言われていますが、絶対ではなく、その場合は自己責任という事でしたので、私は自己責任で友人に流しました。

 

やはり友人が具合が悪い、しかも手術になるかもしれないくらい悪いと聞けば、治るかもしれないのに知らん顔はできません。

 

言ってみて良かったです。友人には、神様にお礼を言う事を伝えたいと思います。

 

確先生の予知は13歳くらいから

確先生の13歳の頃の体験談

 

隈本確先生の13歳くらいの時の体験談です。

朝方のことです。

夢ではなく、はっきりとある光景を見たのです。

 

確先生の目の前を、5人くらいの大人たちが戸板を担いで通り過ぎていきました。

 

確先生は布団の中にいたのですが、この状態をどういうことなのかよくわからないまま、確先生は戸板の上を見ると、その戸板の上にいたのは、幼友達の清和君でした。

 

清和君は、その頃の4年ほど前まで、確先生の家の隣に住んでいたので、ずいぶん仲良く遊んだ子でした。

 

その後、清和君は少し離れたところに引っ越して行ってしまったので、時々風の便りに清和君の近況を聞くことがある程度でした。

 

戸板の上で仰向けになって、土色になった清和君が、確先生の目の前を通り過ぎるようにして運ばれていった清和君は、死んでいました。

 

確先生は布団の中にいたけれど、あまりにはっきりしていたので、決して夢ではなかったと思いました。

 

それはあまりに生々しい映像として、確先生の眼に焼き付いていたので、口に出さずにはいられませんでした。

 

それで、夕食の支度をしていたお母さんにそのことを言いました。

 

それを聞いていた家族が、〝まさか”というような、非難の顔を確先生にいっせいに向けました。

 

「また変なことを言う。気持ち悪か(悪い)。家族同士だからまだいいようなものの、人にそんなことを言ったらいけないよ。気違いだと言われるよ。」と、ご飯をよそいながら、お母さんが確先生に厳しく言いました。

 

確先生は、この頃からよく予知がよくあたるようになっていました。

 

家族にしてみると、確先生の予知がよく当たるのでよけいに気持ちが悪く、一層疎ましいものになっていたのかもしれません。

 

清和君が亡くなったという知らせが、翌日の昼過ぎに届きました。

 

その後も、いろんな人の亡くなる予知があり、それらがよく当たったようです。

 

あまりに的中するので、確先生のお母さんは眉を吊り上げて、「もう人の死ぬこと言うのやめてちょうだい!」と言ったといいます。

 

 

 

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人の死の予知は見た者も聞いた者も嫌な気持ち

 

確先生の予知があたると、イヤあたらなくても人の死の予知とは気持ちが悪いと思います。

 

前回の記事に私は夢で祖母の死んだ夢を見て、イヤにリアルに葬式まで見たので、本当に気持ちが悪かったです。

 

祖母は、そんなに好きでもない人というか、母をいじめる嫌な人という感じてみていたので、あまりいい感情をもっていなかった家族であっても、イヤなものです。

 

それが、他人の死の予知がことごとく当たるとなると嫌でしょうね。

 

そりゃ、確先生は口に出さずにはいられないと思いますし、お母さんや家族もまた聞きたくないことだと思います。

 

私の場合は一回だけ祖母の死んだ夢でしたし、祖母が死んだ夢は母の言った通り逆夢で、祖母は認知症でしたが92歳まで長生きをしました。

 

確先生の予知は、よく当たっていたらよけいに辛いですよね。

誰かに言わずにいられないと思います。

 

でも、聞かされる方も気持ちが悪いので、聞きたくないのもわかります。

 

私が若かった頃、「ノストラダムスの大予言」にはまったことがあります。

 

読まなければいいのに、気になってつい読んで心配で夜眠れないということがよくありました。

 

そのノストラダムスですが、あまりに当たるので当時の王様に、命を狙われそうになったというようなことを読んだ記憶があります。

 

そのためにノストラダムスは、自分の予言をはっきりと書かなかったとか、だから彼の書いたものは、ぼかしすぎてどうとでも受け取れる内容だという事に気が付いた私は、そこでノストラダムスを卒業しました。

 

 

 

 

 

隈本確先生の体験談2

その後の悪同会

 

前回の続きです。

 

Fさんが亡くなって間もなく、ワルのメンバー(悪同会)から招集がかかり、11名になったメンバーで同窓会をしました。

 

この時さっそく、確先生のFさんの死の予知のことが話題になりました。

 

半年前に、確先生に挑戦するように、「人の死の予知ができるのか」と言ってきた友人が、いかにも納得いかないという顔つきで言いました。

 

友人の一人 隈本君、君のF君の死の予言は当たったのう。どうして、そんなことが分かるのか……。しかし、そういう事が現実にあるとはちょっと考えられんなぁ。なあ、隈本君、ひとつ聞きたいことがあるんだが、この11人の中でこの次に死ぬのは誰か、わかるかい?

 

他の友人達 隈本君、ほんとにわかるのか。人が死ぬのが分かるのかい?

友人の一人 ほんとに予知なんて言うことがあるのか?                                                                                                                                                                                                                                                                                           

友人の一人 なあ、この間のはまぐれだったんじゃないのかい?

 

皆半信半疑の様な顔つきの中に、少々気味悪そうな気配や反抗的な風を見せていました。

そして、ほんとに(人の死がぬのが)分かるのかの大合唱でした。

 

確先生 うん……。わかるよ

友人の一人 嘘言え!半年も一年も前から人の死ぬのが分かるなんて、どう考えたっておかしいじゃないか。毎日一生懸命働いて、元気でピンピンしている人間の死が分かるなんて、あり得ない‼そんなことがこの世にあってたまるものか!いい加減な、でまかせを言うな‼

 

すると、悪同会の面々は一様にこの言葉にうなずき、確先生に対してあからさまな非難と軽蔑の色をあらわにし始めました。

 

会員の非難と中傷の中にあって、確先生はムラムラしてきました。

 

確先生 よし、それじゃ言ってやろう、この次に死ぬのはなあ、E君お前だ!

 

さすがに名指しされたE君、ギョッとなって身構えました。

 

他のメンバーも、一瞬シーンとなってキエーッと言う顔付をしました。

 

友人の一人 もういい、さあ、飲もう、飲もう隈本君、今度は絶対当たらんぞ、第一、このE君を見てみろ、隈本君、お前より体格がいいじゃないか。仕事だってバリバリやっている。E君が死ぬなんて、あり得ん。

 

メンバーの一人がそういって、白けた場ををとりなすと、再びにぎやかな宴会が始まりました。

 

でも、それからほどなく、確先生と悪童会のメンバーは、E君の通夜に立つことになりました。

 

その後、再び同総会が開かれました。悪同会のメンバーは12人から10人に減っていました。

 

友人の一人 しかし、隈本君、よく当たるなぁ、君が死ぬというと、必ず死ぬなぁ、隈本君、君はまるで疫病神か死神みたいだな。ヘッヘッヘッヘッ……

 

この時ばかりは、他のメンバー一同何も言えず、ただ不気味創な面持ちで畳の目を見つめながら、友人の言葉に同調するように薄ら笑いを浮かべていました。

 

シーンとしたその様子を見ていた確先生は不意におかしくなって、少々いたずっ気をだしたくなってきました。

 

確先生 どうだ、俺の予知が間違いないとわかっただろう。よし、今度は次に誰が死ぬか教えてあげよう……

 

友人全員 ギャーッ!!やめてくれ!!

 

悪同会の全員が両手をあげて、次に続くだろうと思われる確先生の言葉を慌てて止めまし。

 

友人全員 もういい。もういいやめてくれ!!

絶対言わないでくれ!!

 

たちまち同窓会場は、やめてくれコールの大合唱になりました。

 

 

 

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私の見た夢

 

この話は怖いですね。

 

私も時々未来の事を知りたいと思うと気があります。

今だと、時期自民党の総裁になる人は誰なのか知りたいですが、人が亡くなるのは知りたくはありません。

 

しかも友人の死は知りたくはありません。

私が子供の頃、ある時祖母が死んだ夢を見たことがありました。

目が覚めた時の嫌な気持ち、ったらありませんでした。

そのイヤな気持ちを抱えて、誰にも言わないでおこうと思ったのですが、子供ですから、とてもそんな気持ちを長い間か抱えていることはできなかったので、母に話しました。

 

すると母は、人が死んだ夢は逆夢と言っていい夢なんだよ、と言いました。

それを聞いたとたんに、私は安心して心は急に軽くなりました。

 

私の祖母の死んだ夢は、夢だったからいいけれど、私のような凡人は人の死を予知をして、実際に予知した通りその人が亡くなると、後味が悪いと思います。

 

この頃の確先生は、神霊の研究を続けている時だったから、私のような凡夫のように、いちいち自分の感情に振り回されるということはないのでしょう。

 

それにしても、悪同会の人たちは、内心驚いたと共に怖いと思ったでしょうね。

 

 

 

隈本確先生の体験談1

同窓会での集まり1

 

今回は、強度の霊媒体質だった隈本確先生の体験談です。隈本確先生は、中学時代のワルの集まりという同窓会を年に2回づつ開いていました。

 

今回の話の時は、皆さんはすでに30代に入っていて、皆さんそれぞれ仕事について落ち着いていました。

メンバーは、12人でした。

 

ある時に集まった同窓会でのことでした。

一人のメンバーが好奇心と疑いの表情で、聞いてきました。

 

当時は今よりずっと神霊現象というのは、奇異な目で見られていた時でした。

 

友人の一人 本当に人が死ぬのが分かることってあるのかい? 

確先生   本当だよ、わかるよ。

友人の一人 じゃぁ、この中で一番先に死ぬのが分かるのか?

確先生   うん、わかるよ。

友人の一人 じゃぁ、この中で誰が一番早く死ぬかあててごらん。

 

この後、確先生は何度も友人たちに本当に言っていいのかどうかを、一人一人に確認しました。

 

友人たち全員 おお良いよ。

確先生    F君だよ。

友人たち全員 こんな元気なF君がそんなわけないだろう。こんなに元気でピンピンしているのに。やっぱり予言なんてくだらん。さ、飲もう、飲もう。

 

その後は、再び飲めや歌え屋のどんちゃん騒ぎが始まりました。

 

ところが同窓会が終わり、二次会の席に移ったところで、Fさんが真っ青な顔をして確先生にからんできました。

 

Fさんが「おい、隈本。俺に何のうらみがあるんだ。よくも、俺にに死ぬと言ったな。俺に何の恨みがあるのか言え!言え!おい、やるなら来い!」

 

Fさんは確先生にしつこく絡み、つかみかかってくるので、ついに見かねた友人が、仲に入って止めたほどでした。

 

ところが、この一件があった半年後に、Fさんは肝硬変で亡くなったのでした。

 

この続きは次回です。

 

 

 

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会員信者もいろんな人がいる

 

私が日神会の会員の方や信者の方々とやり取りをするようになって気が付いたことがあります。

 

私は、子供の頃から霊とか幽霊と言ったことは、苦手でした。

どちらかというと避けていました。

 

大霊界」のご本を読んでから、霊とか幽霊がなぜ存在するのかという事を知ってからは、苦手という事は無くなりました。

 

そういう面でも大霊界の実態を知ったという事は、大変ありがたかったです。

子供の頃から生きている人間の方に興味がありました。

 

ブログや掲示板で、日神会の会員や信者の方々と知り合い、やり取りをするようになって知ったのですが、他の方々は生きている人間より、霊や幽霊の方が気になる方が多いという事を知りました。

 

私のような生きている人間の方に興味がある人の方が、少ないのかもしれません。

 

自分でもわかりませんが、自分が死んだら自分にあったところへ行くんだろうなぁ、と漠然とした思いは子供の頃から思っていました。

 

できれば、高いところへ行きたいとは思いますが、自分としては、地獄界だけは嫌ですが、そうでなければ自分にあったところに行ければいいか、と思っています。

 

それより、神様が人間をつくられたのは、魂の向上のためだから、この人間界、地獄の住人と思われる人や、素晴らしい神様の心を持っているのではないか、と思われる人も同居している世界です。

 

これほど修行にもってこいの場はありません。

だから、人間界は腹の立つことも苦しいことも、ばかばかしいこともいっぱいあります。

 

嬉しいことや楽しいことの方が少ないかもしれません。

でも、そういう事の中で自分の魂を強く美しく磨くことが大切なのでしょう。

 

悪い欲、疑いの心を全て取り去って魂を澄み切った状態にしておく。

すべての暗く、沈んだ想念は捨ててしまう。

魂は常に輝き、活動的な想念だけを充満させておく。