聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

「水子霊」のウソの公表のわけ

前回の続きです。

 

水子霊」のウソを公表したわけ

 

隈本確先生の治療所にやって来るたくさんの女性たちの、あまりに痛ましい、怯えきった様子を見るにつけ、隈本確先生の気持ちは少しづつ変っていきました。

 

先生……、実は、わたくしには水子霊があるのですけれど、どうしたらいいのでしょうか。

子供をおろしてしまった日から病気ばかり、その上、色々な不幸が続くのです」

 

うつむきながら、小さな声でボソボソとこのようなことを語る治療依頼の女性たちを見れば、全く、どの顔もどの顔も、世の中の不幸を一身に背負ったような暗い顔つきをしている、これでは水子霊の祟りならずとも、不幸がやって来るわけです。

 

彼女たちは幻の水子霊の影におびえ、ひたすら、われとわが身の不幸をかこちつつ、暗い毎日を過ごしています。

 

実態のない幽霊に、身も心も占領されかかっているのです。

 

のみならず、このように暗い想念で一生を送ったのでは、彼女たちは、必ず霊界入りした暁には、地獄界でのたうちまわり、再び、現界にUターン、人間に憑依しかかってくることにもなるでしょう。

 

こうして、遺された現界の人間も、霊界入りした当の女性も、ともどもに相苦しむことになります。

 

そうだとすれば、真実を知る神霊能力者として、水子霊の無実をあえて語らないこともまた、世の中の苦悩のタネを増やすことになりはしないでしょうか。

 

母親の胎内で、すでに生命の息吹を奏で始めている、将来は人間界の一員となれるはずがの退治を人為的に処理をしてしまうという事は、隈本確先生の心情としては、よほどの理由がない限り賛成できません。

 

しかし、隈本確先生はここでは水子霊障という社会悪ともいえる迷信の問題について論じているのです。

 

隈本確先生にとって、全くやりきれない水子霊障であるが、ここにいたって、隈本確先生は霊界の真実を公開し、水子霊障の無実を表明する決心をしました。

 

実際のところ、現在騒がれている「水子霊のたたり」というものは、丁度、私達が牛肉、豚肉、鶏肉を食べていながら、キツネ、タヌキ、ヘビのたたりを恐れるのと全く変わらない人間の感覚にすぎません。

 

いつの世にもブームという思のがありますが、神霊の世界にしても同様です。

 

キツネやヘビなど「動物霊のたたり」「墓相のたたり」などが少し前まで全盛だったとすれば、さしずめ、現在は、この「水子霊のたたり」と言えそうです。

 

それにしても、先ほどお話しした、年間、何百億という金を人の弱みに付け込んでかき集めている水子霊産業従事者たちの思惑、水子霊障の無実を明かすことによって生じるかもしれない人間界の側の倫理道徳の乱れ、数回の堕胎による母体の損傷等々について思いを巡らせていると、やりきれない気持ちになってきます。

 

中絶以前の避妊法を今少し社会が考慮することも諸問題の解消に役立たないでしょうか。

 

 

 

 

 

水子霊」は定着

 

>人の弱みに付け込んでかき集めている水子霊産業従事者たちの思惑、水子霊障の無実を明かすことによって生じるかもしれない人間界の側の倫理道徳の乱れ、数回の堕胎による母体の損傷等々について思いを巡らせていると、やりきれない気持ちになってきます。

 

隈本確先生が、これほどの思いで公表されたのですが、残念ながら今では水子霊は、一時のブームではなく定着している感じがします。

 

私は日神会に出会ってから、他の宗教にはほとんど関心がないし、私の周囲の人達とも宗教の話をすることもないのでよくわかりませんが、未だに「動物霊のたたり」はある気がします。

 

「墓相のたたり」はわかりませんが……

 

>中絶以前の避妊法を今少し社会が考慮することも諸問題の解消に役立たないでしょうか。

 

う~ん、これは難しい問題です。

 

以前、私の子供たちが学校に行っていた頃は、学校で教えていたこともありましたが、今はどうなんでしょう。

 

こういう話は、男性の先生は苦手意識が強かった気がします。

 

女性の先生の方が、積極的だった気がします。

 

私自身は、娘が専門学校に上がるときに「避妊をするように」という事は言いました。

 

もし万が一赤ちゃんができたら、おろすことは許さないと言いました。

 

私は、よほどの事情がない限り、堕胎は母体の心配だけでなく、自分の子供を殺すことだから、そのことを胸にきざんでおくように伝えました。

 

私がまだ独身だった頃、隣の職場の知人が「しょうがないのよ」と言っておろしていたことが今でも忘れられません。