聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

浄霊と除霊の違い

前回の続きです。

 

強い想いをもつことが大切

長年の病苦に大変大変悩んでいた人が、そこで、「般若心経」をあげることを指導され、水子供養をすることを指導されました。

—―そうだ、教えられた通り、きちんと「般若心経」さえあげれば、(あるいは、水子供養さえすれば)、自分の病気は必ず治るんだ!

何とか病気を治したい一心で、顕在意識から潜在意識を通して、霊魂意識(超意識)で、このことを固く信じます。

そして、指導された通りに熱心に「般若心経」をあげ、あるいは、水子供養をしたのでしょう。

その時点で、場合によっては、病気は一時的に快癒するはずです。

なぜなら、「般若心経」をあげれば(あるいは、水子供養をすれば)必ず病気は治るというその信念、その魂のエネルギーが、憑依している霊を跳ね返し、一時的に除霊をしているからです。

いろいろな宗教行為の実行を霊魂意識(超意識)で固く信じた結果、その強い信念の力で自然に除霊が行われ、病気が治るという現象を、隈本確先生ははっきりと認めています。

しかし、私達の魂が一時的に強大なエネルギーを発射して除霊を行っても、霊の数は、生きている人間の数よりもずっと多いのです。

魂の力が平常に戻ってしまえば、新手の霊がいくらでもやってくる可能性はあるし、また、一度は除霊されたはずの霊が舞い戻ってくることもあり得ます。

例えば、それが他界した身内の霊であれば、一時的にあなたの魂の力で跳ね飛ばされてしまったとしても、他にすがるあてもなければ再びすがってくることになるでしょう。

それというのも、霊魂意識帯から発する強い意志エネルギーによって除霊された先祖霊が、現実に救われていないからです。

その先祖霊は、単に一時的に、体から離れていたにすぎないのです。

単なる「除霊」と、隈本確先生が行っている「浄霊」との違いが、ここにあるのです。

除霊の場合には、憑依霊人間の体から外すだけの行為で霊自体は救われていないのです。

それに対して、浄霊に対となると、憑依霊自体が浄化され、自然に人間の体から離れ、高き霊界に向上していくわけで、完全に救われているのです。

 

 

 

 

 

想いの力の不思議

>「般若心経」をあげれば(あるいは、水子供養をすれば)必ず病気は治るというその信念、その魂のエネルギーが、憑依している霊を跳ね返し、一時的に除霊をしているからです。

 

普段から霊流をいただいていると、その日、その時によって想いの力が違います。

疲れていたり寝不足だったり、気になることがあるとそちらの方に気持ちがいってなかなか天命界にいらっしゃる聖の親様と波長が合いません。

それでも、自分は聖の親様のお力をいただきたいと強く想い、今は聖の親様と繋がっていると固く信じると、スッと繋がる感じがします。

ありがたいと共に、想いの世界の不思議さと常にこの想いを忘れないようにしたいと思います。

 

 

>いろいろな宗教行為の実行を霊魂意識(超意識)で固く信じた結果、その強い信念の力で自然に除霊が行われ、病気が治るという現象を、隈本確先生ははっきりと認めています。

 

こういう事を知ると、想いの世界の不思議さを感じます。

私の娘の友人に熱心なクリスチャンがいますが、彼女は、いろんな大変なこと全てを自力で克服をしてきたひとです。

私の娘よりわずか2歳年上の人ですが、私は彼女を尊敬しています。

彼女に言わせると、全ては神様からお力をいただけると言っているといいます。

彼女は、自分だけでなく常に困っている人のために全力で力になろうとしています。

 

>除霊の場合には、憑依霊人間の体から外すだけの行為で霊自体は救われていないのです。

それに対して、浄霊に対となると、憑依霊自体が浄化され、自然に人間の体から離れ、高き霊界に向上していくわけで、完全に救われているのです。

 

私は除霊と浄霊の違いって、どこが違うの?と不思議に思っていました。

これを初めて読んだときに、何か胸にストンと入ってきた感じがしました。