聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

汚泥の中の怪獣

汚泥の中に長くいられない怪獣

 

前回の続きです。

さすがの隈本確先生も、そのドブドブとした汚らしさと激しい腐臭に、思わず鼻をおさえたなり、顔を背けようとしました。

が、その瞬間、真っ黒い池の面がむっくりと盛り上がりました。

隈本確先生の目は、その部分にくぎ付けになりました。

と、その汚泥の中から、何者かがヌーッと顔を出しました。

あっ、と思う間もなく、上半身をあらわしたのは、アマゾンの半漁人を思わせる怪獣でした。

この汚泥の中から現れた不気味な怪獣、もちろん、頭部から顔面、首、肩、胸、腕にいたるまで真っ黒です。

耳も鼻も定かではありませんでしたが、しかし、目ばかりはらんらんと輝いています。

「ブオーッ」

ほとんどあっけにとられて見つめていた隈本確先生の目の前で、怪獣が突然大きな口をあけて、息を吐いたのです。

続いて、池の上の大気を深く吸い込むと、ズボンという鈍い音をたてて、怪獣は再び池の中に潜っていきました。

と、見るや、ややしばらく間をおいて、その怪獣が今度は別の場所から、またヌーッと上半身をあらわしました。

そして、先ほどと同じようにブオーッと息を吐いては、また大きく息をいっぱいに吸い込んで、ズボンと汚泥の中に潜っていきました。

汚泥の池のあちこちで、このような情景が繰り広げられているのです。

彼ら霊人たちは、この濁王界にいる限り、くる日も来る日もこの世な状態を繰り返しつつ、汚泥の中で生息していくのでしょうか。

ヌーッと池の面にあらわれてはブオーッと息を吐き、大きく息を吸い込むと、再びズボンと池の中に入って生きのです。

彼らは池の面に長くとどまることを許されず、この汚泥の池に潜りこまなければならないのですが、もちろん、そことても彼らにとって安住の地ではありません。

なによりも、池の中に入った彼らは、すぐに呼吸が苦しくなってくるのです。

だから、この汚泥の中に住んでいる限り、彼らは息を吐きだし、そして再び息を吸い込むために、ヌーッ、ヌーッと、時無しに池の面に顔を出し続けなければならないのです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

歴上の人物は今どこに・・・

読んでいて苦しくなります。

これもまた創造神の霊人への、愛の形なのでしょうか……

 

若い頃はほとんど興味のなかった政治に、年をとった今になって興味を持ち、いろいろと見たり聞いたりしています。

直接政治にかかわっているわけではありませんが、政治系のyoutubeを見たり聞いたりしています。

改めて、言われていることを実感しています。

「政治は無関心でいられるけれど、無関係ではいられない」と。

政治に直接かかわっているわけでなく、見たり聞いたりしているだけでも、政治の世界というのは恐ろしい世界だと思います。

自分の思い通りにするためには、脅しやわいろは当然、日本だけでなく世界では人の命などなんとも思っていないような人達が沢山います。

そんなことを知った今、自分の身の回りを見ていると、お花畑という言葉がありますが、誰が考えた言葉なのかピッタリな人達ばかりです。

でも、世界には人を人とも思わない人が一定数いるようです。

そんな時思うのが、この人たちは自分が死んだらどこに行くと考えているんだろうということです。

そして、過去に大勢の人達を殺してきた歴史上の有名な人達、毛沢東スターリンポルポトヒトラー等々……

この濁王界にいる霊人たちは、生前どんな生き方どんな想いで生きていたんだろうと思います。

私には、残念ながらそういうことを知る力がありませんのでわかりませんが、彼らも死後のことを考えていたら、もっと違う人生を歩んでいたかもしれません。