前回の続きです。
歓喜の波動と苦悶の波動の間で
自らの犯した罪は、自らが清算しなければならないという霊界のおきてです。
それは、人間界のいかなる厳しい原理よりもなお厳しい、ひとかけらの恩情もない動かしがたい法則でもあるのです。
現界における想念の過ちは、現界にいるうちに反省しない限り、霊界において許されることは決してありません。
人間界にある間の想念の在り方が、あのような永遠の大霊界での生活を決定してしまうとは……。
——それにしても、師は今後何百年、何千年の間、あの地獄界での悲惨な生活を続けていかなければならないのでしょうか!
隈本確先生は、来る日も来る日も隈本確先生の胸中に送信されてくる師の悲痛な雄叫びをに、なすすべもなくおろおろするばかりでした。
が一方、心の眼を高き霊界に転ずれば、隈本確先生の想念界には、たちまち光り輝く白銀の神々の世界があらわれたのでした。
隈本確先生の胸中には、ご守護神の清き霊流がいっぱいに満たされていました。
こうして、上界からはご守護神のきらきら輝く白亜の霊流をいただき、神霊能力はますます向上の道をたどり、はたまた下界からは、日に幾度となく師の苦悶の波動が押し寄せてくるという、当時の隈本確先生でした。
これぞ、神と魔界でした――。
この上界と下界という両極の世界のはざまに立たされた隈本確先生は、歓喜の波動と苦悶の波動の間で、大きく揺れ動いたのでした。

厳しい霊界の掟
>現界における想念の過ちは、現界にいるうちに反省しない限り、霊界において許されることは決してありません。
この現実をどれくらいの人が気が付いているのでしょう。
この現実に気が付いていたら、世界はもっと平和でしょうね。
今の目の前の金と名誉と自分の欲望だけでしょうか。
昔、縄文時代には戦争がなかったと知りました。
弥生時代になって、稲作が始まり土地の所有が始まってから、戦争が始まったと知りました。
物欲の始まりでしょうか……
>この上界と下界という両極の世界のはざまに立たされた隈本確先生は、歓喜の波動と苦悶の波動の間で、大きく揺れ動いたのでした。
隈本確先生のこの経験が、どんな事にも揺るがない強さがこういうところからきているのかもしれません。
昨年の秋から暮れまで忙しい日が続いたので、しょうがないと思っていましたが、年が明けてもなかなかブログの更新が早くなりません。
申し訳ないと思いながら、今に至っています。
できるだけ早く更新をしたいと思っています。