聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

「神霊現象」と「神霊能力」

霊現象について

危険な神霊現象についてお話してきたところで、とかく、一般に混同されやすい「神霊現象」と「神霊能力」について考えてみましょう。

以前、自動書記のとりことなって、危うく人間としての正常な意識を失いかけた女性の話をしましたが、だからといって、隈本確先生はすべての自動書記が危険な低級霊現象だといっているわけではありません。

隈本確先生は、かねがねより、単なる心霊現象と神霊能力について厳しく一線を画してとらえ、その観点からすべての話を進めてきています。

このブログを読んでいる方々には、ここでもう一度、次のことをはっきりとわかっておいていただきたいのです。

すなわち、真実の神霊能力とは、あくまでも自己の意志の力でコントロールし得るものであり、例えば、自分が霊視をしたいと意志したときに正しい霊視があり、霊言をしたいと意志したときに正しい霊言がある、というものです。

これに対して、自分の意志とはお構いなしに自然発生的に生ずる神霊現象は、霊視にしても霊言にしても、すべて神霊能力とはいいがたいのです。

いわば、単なる霊媒体質による雑霊現象で、したがって介入してくる霊の格も低級であり、その霊界通信は全く信憑性の薄いものであります。

だから、一口に自動書記は危険だといっても、それが、本当の神霊能力でなされたものなら良いのです。

つまり、自己の強い意志で招霊し、自動書記がすんだら、霊に対して帰るようにと決然と命令できる立場にあってなす自動書記であれば、危険性はないのです。

霊視、霊言、霊聴、自動書記……と、これらの霊現象について、現在の神霊学の世界では、そのすべてが神霊能力であるかのように受け入れられているようですが、それは大きな誤りだというべきです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

現実の世界では受け入れられている

>霊視、霊言、霊聴、自動書記……と、これらの霊現象について、現在の神霊学の世界では、そのすべてが神霊能力であるかのように受け入れられているようですが、それは大きな誤りだというべきです。

 

そうですね。

とてもありがたがって受け入れる人が多い気がします。

自己の意志でコントロールできることが大切、ということは一般には知られていないと思います。

このことを一般に知られると、被害者がずいぶん減ると思うのですがなかなか難しいですね。

 

一昨日でのことです。

夜、霊流をひいていたら突然右足の太ももに激痛が走りました。

足がつったのかと思い、即霊流を流しました。

以前に足がつった時は、数回霊流をひくだけで治ったのに、今回は全く治らず痛みがひどくなっていく感じがしました。

これは、もしかして……生霊……と思い、九字を切って思いっきり強く念じました。

それを数回繰り返したところ、痛みが和らいできました。

でも、すぐには動けず痛かった太ももに何度も霊流を流しました。

そしたら、普通に動かせるようになりました

今回のことは、わたしは自分で神霊治療をすることができたからよかったものの、神霊治療というものを知らない人だったら、おそらく救急車を呼んでいただろうと思います。

ほんの数分で治ったものの、病院だとどんな治療をするんだろうと気になりました。

生霊だろうと心当たりがあるあたり、驚かれたかもしれません。

私の方は何も悪いことはしていないし、言ってもいないのですが、なぜか我が家でいいことがあったり、自分の家や自分によくないことがあると、そのストレスを我が家に向けてくるようです。

昔よく聞いた言葉で、坊主憎いけりゃ袈裟まで憎いとか言います。

それに近いのかなと諦めています。

こちらが何をした、何を言ったという心当たりは全くないのですが、なぜか我が家を目の敵にしている人がいます。

過去にもいろんなことがありました。

車のパンク数回、仕事場のガラスを割られたり、玄関に置いてあるプランターの花を根元から切ったりとかいろいろです。

でも、現行犯としてみたわけではないので、はっきりとは言い切れないのです。

ただ、今までの経過を見ていると、我が家に良いことがあったり、あちらの家でよくないことがあると、ああもうそろそろ来るかな……と思っていると、そういう結果になっていたのでそう思ったのです。

こういうときは、霊聴や霊言、霊視や自動書記ができると犯人がわかるかもしれません。