聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

慢性腸カタルに金縛りの男性

「色情因縁」

 

隈本確先生のところにみえる治療依頼人の中には、動物霊の問題とともに、「色情因縁」なるものに悩んでいる人も多いのです。

 

やはり、動物霊の場合がそうであるように、どこぞの霊能者や祈祷師に「あなたには、色情因縁がある」と言われたとかで、それ以来、男女問題のことでちょっとでもトラブルめいたことがあったり、体調が悪いとすべて色情因縁のせいにして、暗い顔をしているのです。

 

ある日、治療依頼に見えた溝口誠さん(当時35歳)がそうでした。

 

彼は年齢的に言えば、働き盛りで、男性として、いよいよこれからという時であります。

 

それなのに、隈本確先生の前にあらわれた溝口さんは、いかにも生気に乏しく、人生の全ての望みを失ったというような顔つきをしていました。

 

聞けば、二十年来の腸の不調で、最近では定職もなくブラブラしているというのです。

 

幸か不幸か溝口さんの場合は、たった今すぐに働かなければ明日食べるものにも事欠くというほどでもなく、しかも、まだ独身だといいます。

 

よけいに責任感や気力がなくなって、霊を引き付けやすい(霊媒体質)になっているのでしょうが、ここで、彼の話をそのまま再現してみましょう。

 

もう、二十年も前になりますが、私は、ある日突然高熱が出て、敗血症という病気になりました。

 

敗血症という病名は、医者がそういったわけですが、今から考えるとあれは単なる病気ではなく、いきなり悪霊に憑りつかれたために霊障による高熱だったのではないかと思います。

 

で、その敗血症で、危うく一命をとりとめた私ですが、それから一年後には、それまで丈夫だった腸が突然変調をきたし、医者には、慢性腸カタルとの診断をされました。

 

ところが、これがひどくて、四六時中具合が悪く、寝ても覚めても腸の存在が気になって仕方がありませんでした。

 

でも、それだけならまだよかったのですが、丁度腸が悪くなった頃と前後して、就寝中、不意に金縛りにあって動けなくなったり、霊に襲われるような感じをしばしば味あうようになっていました。

 

以来、私は、腸の病気と霊的異常現象に苦しみぬき、何回か自殺未遂までしました。

 

もちろん、その間、医者にも通いましたし、東洋医療機関にもいきましたし、民間療法のあれこれも試してみました。

 

そして、それらの効果が得られなかった私は、今度は宗教団体や霊媒のもとを訪れるようになったのです。

 

ある時、私は、某心霊研究団体でも高名な霊媒の先生(女性)に、個人相談を申し込みました。

 

「どうされましたか」

 

霊媒の先生の言葉で、私達の対話が始まりました。

 

「はい、わたしは二十年来の慢性腸カタルが苦しくて仕方がないのです。

 

その上、金縛りにあったりすることも、しばしばです」

 

次回に続きます。

 

 

   

 

 

近所のおばあさん

 

この「色情因縁」という言葉は、私が子どもだった頃は、私が子どもだったからでしょうか、動物霊はよく聞きましたが、色情因縁という言葉はほとんど知りませんでした。

 

結婚をして今のところに住むようになって、だいぶたったころ、近所の人ともだいぶ話すようになってから、あるお婆さんと知り合いになりました。

 

このお婆さんはとてもおしゃれで、失礼ですが年齢のわりには背筋も伸びてしゃきっとして素敵な人でした。

 

でも、ある宗教を信じているらしく、何かというと人のことを言うときには、「あの人には色情因縁がついている」と言っていました。

 

最初は「えっ」と内心は思いましたが、年上の方ですので「そんなことを言ったら失礼だよ」ともいえず「えっ、そうなの」と言って、適当に流していました。

 

でも、聞いていると、何かあるといろんな人のことを真剣な顔をして「あの人には色情因縁がついている」と言っていました。

 

当の本人に言っていたのかどうかはわかりませんが……

 

聞いているこちらは、返事にも困りますし、言われた人も気の毒だと思いました。

 

本人は本気で信じているようでしたが、ただ自分の事ではなくてもあまり気持ちのいいものではありませんでした。

 

ところで、色情因縁というのはどういう霊なのでしょう?

負の連鎖

憑依霊もまた暗示や催眠術にかかりやすい

 

暗示、催眠術にかかりやすいのは人間ばかりではありません。

 

低級霊もまた、暗示、催眠術にかかりやすいのです。

 

例えば、霊能者が、依頼人に憑依している霊に向って、「あなたは酒が飲みたいでしょう。

そうでしょう。

酒を腹いっぱい飲みたいでしょう。

飲みたいでしょう……」

 

と、催眠的に畳みかけていくと、すでに入神状態もしくは催眠状態にある依頼人の憑依している霊は、さっそく催眠術にかかってしまうのです。

 

そして、依頼人を通して「うんうん、そうだそうだ、酒だ。

俺は酒を飲みたいのだ、その通りだ、俺は酒が腹いっぱい飲みたいのだ」

 

といった霊言を返してくるのです。

 

また、霊能者が依頼人に憑依している霊に、

 

「あなたはまんじゅうが食べたいのでしょう。

まんじゅうが腹いっぱい食べたいのでしょう……」

 

と、たたみかけていくと、「うんうん、、う~ん、う~ん、そうだ、そうだ、オレはまんじゅうが腹いっぱい食べたいのだ」

 

という、憑依霊の言葉が返ってくるのです。

 

かくて、さっそく、その霊能者は依頼人に対して、こんなふうにいうのです。

 

あなたの先祖さんが、お酒を腹いっぱい飲みたいとおっしゃっているから、仏壇にお酒を供えなさい」

 

あるいは「あなたの先祖さんが、まんじゅうを腹いっぱい食べたいととおっしゃっているから、仏壇にまんじゅうをたくさん供えなさい。

そうすれば、あなたの病気は治りますよ、云々」

 

と、言われてみれば、一般素人の人々には、いかにももっともらしく聞こえるかもしれませんが、実は、何のことはない、これら一連の霊査や託宣は、かつて、その霊能者の師匠なり先輩、あるいは他の霊能者の行っている行事の様を見たり、聞いたりしたことによって暗示がかかり、そして今度は、同様のやり方で行事を執り行い、自分が依頼人、およびその憑依霊に暗示をかけている、というのがその正体なのです。

 

その結果、依頼人は、霊能者に言われるままに減りもしない酒やまんじゅうを山ほど仏壇に供え、さかんにお経をあげたりすることになるのです。

 

人によっては、このような祭りごとを、それこそ朝から晩まで、何年にもわたって続けているというのですが、彼らの話を聞くところ、どうやら、ほとんど何の効果もないようです。

 

当然のことです。

 

そんな暗示とか催眠術的迷信の世界に踊らされていたのでは、何年たっても憑依霊の救済はされず、病気は治らないし、その他の諸問題も解決されるはずがありません。

 

 

  

 

 

「奥の奥の奥の奥の奥」

 

>低級霊もまた、暗示、催眠術にかかりやすいのです。

 

この低級霊もまた、生前は人間だったと考えれば、あり得る話ですよね。

 

>これら一連の霊査や託宣は、かつて、その霊能者の師匠なり先輩、あるいは他の霊能者の行っている行事の様を見たり、聞いたりしたことによって暗示がかかり、そして今度は、同様のやり方で行事を執り行い、自分が依頼人、およびその憑依霊に暗示をかけている、というのがその正体なのです。

 

なるほど、負の連鎖ですね。

 

でも、低級霊能者にしても、依頼人にしても、憑依霊にしても、本人たちは暗示または催眠術にかかっているという意識はないんですよね。

 

何ともはや厄介ですね。

 

話は、今回の記事とは全く違った話になります。

 

以前、私が日神会の道場に他者神霊治療能力者養成講座を毎年受けていた時、一時期霊流を流す時に「奥の奥の奥の奥の奥」と言って指導を受けたことを思い出し、最近は霊流を流しながら「奥の奥の奥の奥の奥」と思いながら流していると、エネルギーがとてもよく流れる気がします。

 

教わっている時は、それほど違いがわかりませんでしたが、今になって「奥の奥の奥の奥の奥」と思いながら流すと、違いがとても分かるようになりましたので、これからはこれでいきたいと思っています。

真実を見る

暗示と催眠術にかかった低級霊能者と依頼人と憑依霊

 

ある時、隈本確先生はテレビを見ていると、ある霊能者の坊さんと依頼人とのやり取りが映っていました。

 

立っている霊能者の坊さんの足もとに、依頼人の男性がうずくまっていました。

 

それから、その坊さんと、すでにトランス状態(入神状態)に入っている依頼人とのやり取りが始まりました。

 

坊さんが厳かな口調で言いました。

 

「あなたにはネコの霊が憑いていますね」

 

すると、坊さんの足元にうずくまっていた依頼人は、いかにも、その通りだといった調子で、手をモヤモヤッと動かして、「ニャン、ニャン」というのでした。

 

「あなたは、この人に憑りついている猫の魂ですね」

「ニャン、ニャーン、はい、そうです」

「ハハァー、あなたは、この人間の七代前の先祖さんに殺された猫ですね。」

「ニャーン、ニャン、ニャン、はい、そうです」

 

と、こんなおかしな対話があった後、さらに、テレビ画面には、坊さんが短いお経をあげた後、ネコの霊なるものにいろいろと指導、アドバイスをして、あげくの果てには

 

「一日も早く成仏をするように……」

 

などと言っていました。

 

まことに腹ただしい状態が映し出されていました。

 

これは、いったいどういう事なのかというと、要するに、霊能者を自認するその坊さんが、低級段階での霊視にまどわされていた、という事なのです。

 

その坊さんは、単に自己の潜在意識の奥深く内蔵していた「猫の描かれたカード」を自ら顕在意識に引き出して、彼自身何の疑いもなく、それを「霊視」として語っていたにすぎません。

 

動物霊について語る低級霊能者の多くは、かつて自分が受けた教え、思想の影響によって既に自己の潜在意識に“ネコの描かれたカード、キツネの描かれたカード”を内蔵しており、時に応じて、これを無意識のうちに顕在意識に引き出しては、やれネコの霊だ、キツネの霊だと喧伝しているいるのです。

 

この坊さんに限らず、多くの霊能者が、自己の潜在意識を顕在意識化して、それを霊視能力であると勘違いしているのです。

 

したがって、テレビ出演していたその霊能者なる坊さんにしても、何の疑いもなく、依頼人にはネコの霊が憑依しているとすっかり思い込んでしまっているのです。

 

言ってみれば、坊さん自身がすでに錯覚に陥ってしまっているか、あるいは、暗示か催眠術にかかった状態になってしまっているのです。

 

そして、自分ではそれと気づかずに暗示にかかっている坊さんが、まことしやかに「ネコの霊が憑いている」などと言い、さらに依頼人に対して暗示、もしくは催眠術をかけているのだから、ややこしいのです。

 

また一方、低級霊能者である坊さんに暗示をかけられたその依頼人自らも、すっかりその気になってしまって、自分には確かにネコの霊が憑いている、と思い込んでしまっているのです。

 

坊さんも、依頼人も、どちらも真実を知らずに、催眠術の世界でただただ遊んでいるばかりで何ともお粗末な話であります。

 

が、話はそれで終わりません。

 

まだ始末の悪い事には、ここでは、その依頼人に憑依している憑依霊自体が、自分は生前ネコであった、現在はネコの魂である、と思い込んでしまっているのです。

 

まことに、やっかいなことなのです。

 

要するに、この話をまとめると、低級霊能者である坊さん、依頼人、そして、依頼人に憑依している人霊、この三者が共々に暗示にかかり、催眠術の世界で三つ巴となって、ネコじゃ、ネコじゃと踊り狂っている、というのが実際のところでなのです。

 

 

  

 

私が隈本確先生を尊敬する理由

 

何ともすごい話ですが、私が隈本確先生を心から信じ尊敬をするのは、こういうところです。

 

というのは、私が子供の頃よく聞いた動物霊の話、当たり前だと思っていたものを、これだけわかりやすく、それだけでなく、低級霊能者も依頼人依頼人に憑依している霊までも、暗示にかかり、催眠術の世界で三つ巴になって踊り狂ってる、と、ここまで解明をしてくださったことです。

 

ここまで解明したという話は、他に聞いたことがありません。

 

こういう風に解明するには、相当の冷静さというか、自分の感情を全て捨て去って、真実を想いの世界でみるという事は、実はとても難しいことです。

 

一ミリも自分の思い込み、感情、願望を入れてはなりません。

 

少しでも思い込み、感情、願望を入れてしまうと、こういう結果は出ません。

 

いつか私も隈本確先生のように、想いの世界で、真実を見る事ができるようになりたいと願っています。

 

それは、非常に自分に厳しくなければできないことです。

 

 

 

動物霊を語るのは低級霊能者

動物霊の霊視は初歩的段階の霊視

 

隈本確先生が、30年にわたる神霊能力者としての立場から、はっきり言っています。

 

人間の病気、事故、災難などの不幸が、ヘビ、キツネ、タヌキなどの動物霊が原因しいることはありえません。

 

動物霊には、人間を苦しめるだけの念力は絶対にありません。

 

何よりも、隈本確先生には、未だかつて動物霊を外すことによって依頼人の病気を治したという経験がありません。

 

確かに、隈本確先生も極若く、霊能力が低く未熟だったころには、しばしば動物霊の霊視があったものです。

 

ときには、二本尾、三本尾のキツネが霊視に映って来たこともありました。

 

しかし、これらの場合も、その動物の姿にまどわされることなく、さらに奥深い霊視を続けていくと、それが実は人霊であることがわかるのです。

 

人霊が、低い段階の霊視において動物の姿で現れる場合、その人霊自体が動物の想念になってしまっている場合と、人霊がその意志の力で動物の姿に変化している場合とがあります。

 

前者では、生前叩き込まれていた動物霊に関する迷信が死後の魂にもこびりついていて、自分が畜生道に落ちてしまったとか、また逆に、キツネ、ヘビなどの鬼神となって、不可思議な神通力をもつようになったものと、その人霊自体が勘違いしてしてしまっているケースが多いのです。

 

しかし、いずれにしても、動物霊の霊視は、神霊世界の極低い、初歩的段階での霊視という事に違いありません。

 

だから、一般の人達は、ヘビの霊が憑いているとか、キツネのたたりだとか、とにかく動物霊の働きについて肯定的に語る霊能者、祈祷師、行者からは一切遠ざかるべきです。

 

それら動物霊についてしたり顔で語る低級霊能者たちは、心身についてのいろいろな悩み事を持ち掛けていく一般依頼人に対して、さらに「恐怖心」という新たな病気をつくり、植え付けていくのです。

 

彼ら低級霊能者は、いたずらに社会を混乱と恐怖に陥れる、全く百害あって一益なしの存在であります。

 

 

 

 

 

 

霊界は想いの世界

 

>人霊が、低い段階の霊視において動物の姿で現れる場合、その人霊自体が動物の想念になってしまっている場合と、人霊がその意志の力で動物の姿に変化している場合とがあります。

 

>前者では、生前叩き込まれていた動物霊に関する迷信が死後の魂にもこびりついていて、自分が畜生道に落ちてしまったとか、また逆に、キツネ、ヘビなどの鬼神となって、不可思議な神通力をもつようになったものと、その人霊自体が勘違いしてしてしまっているケースが多いのです。

 

読んでいて、う~んとなってしまいました。

 

自分が畜生道に落ちてしまったとか、生前はそういう迷信を信じていたのでしょうね。

 

そうなると、こういう動物霊という迷信は罪ですね。

 

霊界というのは想いだけの世界ですからね。

 

想いの世界で想った通りの姿になりますから。

 

気を付けたいものです。

 

話はちょっと違うと思われるかもしれませんが、今生きている現在も常に前向きに明るい想いで生きることが大事だと思います。

 

前向きの明るい想いを常に維持すであることによって、それが当たり前になり、その前向きで明るい想いを肉体の衣を脱ぎ捨てる頃までも持ち続けていれば、魂だけになっても前向きで明るい世界に行くことになるのではないかと思っています。

 

暗示と催眠術

霊能者から暗示または催眠術をかけられている!

 

隈本確先生の神霊治療を受けている最中に不自然な霊動(当人の意志がないにもかかわらず、霊が勝手に人間にのり移り、その霊が人間の体を自由に動かす現象)を起こす人がいます。

 

ある時、隈本確先生が神霊治療を始めると、依頼人である中年男性の高杉さんは、不自然にクネクネと動かし始めました。

 

そこで、隈本確先生は治療を中断して、彼に言いました。

 

「高杉さん、目をしっかりと開けてください。

あなたは、私が神霊治療を始めると、どうしてそんなふうに体をクネクネと動かすのですか」

 

すると、高杉さんは、はっきりとした口調で答えました。

 

「はい、おかしなことをしてすみません。

実は、私は、以前ある霊能者のところで、ヘビの霊が憑いている、と言われたことがあるのです。

それ以来、神霊能力者のところへ行ったり、自分で無我の境地に入ると、自然に体が動き始めて、ヘビのような状態をあらわすようになってしまったのです」

 

そこで、隈本確先生は、強い調子で高杉さんに言いました。

 

「あなたは、その霊能者から、暗示なり、催眠術をかけられているのです。

あなたはには、ヘビの霊はついていません。

ですから、私が神霊治療をするときに、決してヘビのような動作をしてはいけません。

下腹にグーッと力を入れて、気持ちをしっかりと持っていてください。

そうしますと、あなたの病気は、すぐに全部治ってしまいます」

 

それから、隈本確先生は再び神霊治療にとりかかったのですが、治療の間中、高杉さんは一度もおかしな霊動を起こすことはありませんでした。

 

そして、すっかり病気も治って、元気に帰っていきました。

 

 

 

 

 

弟の場合

 

>あなたは、その霊能者から、暗示なり、催眠術をかけられているのです。

 

私も以前から、全ての宗教団体とは言いませんが、宗教団体によってはこういう事はありうるのだはないかと考えていました。

 

安倍総理国葬で菅前首相が言ったので)を襲撃した山上の母親も、もしかしたら……と思っています。

 

けっこういろんなものを買わされたり、自分の全財産を教団の為に差し出す人がほかのことにはケチだったりするのは、もしかしたら……と思っています。

 

こんなことを書いていますが、暗示や催眠術のことは全く知りませんので、私の想像ですので、本当のことはわかりません。

 

ただ、誰だって普通に考えたら、どんな教えであれ全財産まで差し出すというのは、正気ではない気がします。

 

そんなことをしたら、自分だけでなく家族も路頭に迷ってしまいます。

 

私の弟が、仏教系の宗教を信じていて、あわや離婚、とまでいきそうになりました。

 

普段から奉仕活動が多し、一年の会費が30万だといいます。

 

それでもなんやかんやと色んなイベントにお金が必要なようですが、弟はそれらのお金は自分のお金の範囲で払っているようです。

 

とても熱心で、義妹に言わせると「あんなに奉仕活動を熱心にやるのなら、家にいくらでも仕事があるんだけど」と言っています。

 

まあ、今のところは弟の払える範囲内だという事は、弟はひどい催眠術にはかかっていないのかな……と内心密かに思っています。

 

でも、暗示にはかかっている気がします……

黒魔術的修法によって想いの念を増幅させる怖さ

前回の続きです。

 

念の恐ろしさ

 

深夜、教えられた呪文を唱えつつ五寸釘を打ち込んだり、その上から酒をかけている自分は、我ながら鬼ババアじみているなとも思いましたけれど、私はそれよりも、修法の効果を期待する心の方が大きかったのです。

ところが、満願の21日を過ぎても、いっこうに効果はあらわれませんでした。

相変わらず、別れた主人は、毎晩のように電話でしつこく復縁を迫ってきます。

それで、ふりだしに戻り、21日間をワン・クールとした修法を、延々と続けなければならないことになってしまったわけなのです。

祈祷師の先生も、これでもか、これでもかと、次第に強烈つな呪法を指導するようになってきましたが、やっぱり、思わしい結果がでませんでした。

で、ある日、友人にそのことを相談してみたのです。

すると、一部始終を聞き終わった友人は、コロコロと笑いながら言ったものです。

 

“まあ、あなたの本当に困ってやっている気持ちはよくかるけれども、そんなお祓いに一生懸命打ち込むよりは、もっと現実的な方法を考えたら?”

 

友人にそういわれてみれば、確かにその通りで、結局私は修法を打ち切り、単に他県に移転するというだけのことをしました。

それで、別れた主人との因縁はすっぱりと切れました。

本当に、あっけらかんとした結末なのですね。

でも、隈本先生の「大霊界2 念と病気」を読んだときには、ゾーッとしましたね。

あの本の中にでてくる“呪いのワラ人形”の話、ではないけれど、私の念がもっと強かったら、別れた主人はどうなっていたかわからないし、場合によっては、わたし自身に返り念障害が起こっていたかもしれませんものね。

それにしても、今から考えると、まじめになってタヌキの霊を退治しようなんて、ほんとにおかしなことをしたもんです」

 

話し終わっていかにもおかしそうに笑う内藤さんでしたが、彼女の言うとおり、彼女自身の念がもっと強かったら、どんな恐ろしいことが起こっていたかわかりません。

 

事実、内藤さんの知人の中には、同様の呪法で憎む相手を倒してしまったという人も、沢山いるといいます。

 

タヌキの霊、キツネの霊という事はありえないし、また内藤さんが祈祷師に指導されて行ったという黒魔術的修法が、一種の土俗的迷信に他なりません。

 

しかし、恐ろしいのは、その迷信に過ぎない修法が、それを執り行う人間の想いの念を強烈に増幅させるという点であります。

 

そして、その強い念は、当然、現象界にある種の物理現象をひきおこし得ますし、時にはその念が、呪法に使用した用具(例えばワラ人形とか、和紙の人形、五寸釘など)に封じ込められて作用することもあります。

 

闇の世界に、未だに、こんな低俗で陰湿な黒魔術的迷信が横行しているとは、まことに恐れ入ったものです。

 

内藤さんをつくづく眺めればいかにも明るく、現代的な女性と見えます。

 

どうしても、内藤さんとタヌキの霊の退治の話とは、うまく結びつきません。

 

しかし、その彼女にして、祈祷師に言われるままに、深夜、神社に出かけて行って真剣にたすき掛けで五寸釘をうったりするのですから、目に見えない霊の世界には霊の世界にはびこる迷信とは恐ろしいものです。

 

いやしくも、人を指導する立場にある行者、祈祷師、霊能者は、まず良識家でなければなりません。

 

 

  

 

 

引っ越して無事解決

 

嫌な奴だとは言え、元夫だった人に何かあったら気分のいいものではありません。

 

何もなくて良かったです。

 

内藤さんが祈祷師に指導されて行っていたことは、完全にワラ人形の五寸釘の話とほとんど同じですよね。

 

こういうことは、行っている本人の念の強さなのですね。

 

この場合は、幸い内藤さんの元夫には何にもなくてよかったです。

 

それに、内藤さんにも何もなくてよかったです。

 

下手すると、返り念障害という事もあり得ますしね。

 

それにしても隣県に引っ越しただけで無事解決するとは、何ともあっさり解決をしてしてしまいました。

 

こういう時は、夫からの嫌がらせを何とかしたい、という思いだけでいるから内藤さんには引っ越すという発想もなかったのですね。

 

内藤さんもとてもいい友人がいて良かったです。

 

>事実、内藤さんの知人の中には、同様の呪法で憎む相手を倒してしまったという人も、沢山いるといいます。

 

実際にいるんですね。

 

怖いですね。

 

タヌキの因縁は深い?

前回の続きです。

 

タヌキの因縁霊が・・・

 

“エーッ、命を。タヌキにですか?”

“そう、とにかく因縁が深いからねェ。

おそらく、あなた自身が知らないというのなら、あなたの近いご先祖に違いないが、タヌキに対して相当にひどいことをしているからねェ”

 

そういって、その祈祷師の先生は、今度は、私の別れた主人の写真をジーッと見つめてからしばらくして瞑目をし、霊視をしていたようですが、やがて、したり顔になっていったのです。

 

“ウーム、やっぱり。

やっぱり、そうだ。

タヌキだ、タヌキだ。

この男にもタヌキがついているよ、しかも相当に力の強い、真っ黒いタヌキだ。要するに、あなたのタヌキの因縁と、この男のタヌキの因縁とが引き合って、今のような状態になってしまっているわけだねェ”

“では、いったい、どうしたら……”

 

この私の言葉に、その祈祷師は、しばらく真面目くさった顔つきで何か考え込んでいるようでしたが、やがて、いいました。

 

“まず、あなたのタヌキの因縁をきることと、同時に、その男のタヌキをあなたから遠ざけるようにしなければならない。

男からタヌキの因縁を外すのは、難しい。

なにしろ、男についている黒タヌキは力が強いからね

しかし、男についているタヌキをあなたたから遠ざけている間に、あなた自身のタヌキの因縁を完全に切ってしまえば、男についているタヌキの霊は、もうあなたに引かれる事は無くなるはずだ。

そうすれば、当然、男があなたをしつこく追い掛け回すこともなくなるだろう。

しかし、あなたは危ない所だった。

男についているタヌキがもっと暴れだしたら、暴力沙汰になっていたかもしれないよ

とにかく、あなたは知らないだろうが、動物霊というのは恐ろしい”

 

それから、わたしはとにかく、私についているというタヌキの因縁を切るために、毎日、その祈祷師のもとへ通って祈祷を受けることになったのです。

 

でも、その先生の言うには、そのようにして私についているタヌキを外すだけではダメで、同時に、男についているタヌキを遠ざける修法を施さなければならないのでした。

 

そして、祈祷師の先生は、私にその方法を指導してくれたのです。

 

ところが、その方法を聞いたとたんに、さすがの私もちょっとびっくりしてしまいました。

 

というのも、それが、何と言うか“呪いのワラ人形”的やり方だったからなんです。

 

私は、その祈祷師から、まず和紙を人形に切ったものを二枚渡されました。

 

そこには、あらかじめ私が告げておいた別れた主人の姓名と生年月日、そして、何やら呪文のようなものが墨で書かれていました。

 

それから、今度は、私自身の手で、その二枚の人形に対して、いろいろと細工をしなければならないのでした。

 

が、その細工というのが、もらった人形の中に中心部めがけて針を32本打ち込み、それからごま油をかけて炭焼きにするなどという、ちょっと不気味なことだったのです。

 

でも、私はとにかく別れた主人がそれでうるさく来なくなれば……と、気持ちをたて直して、祈祷師の指導通りのことをしました。

 

炭焼きにした人形はそれぞれ一合の小豆と共に和紙にくるみ、一方は自宅の庭に埋め、一方は自宅の庭に埋め、もう一つは男が住んでいる地域にある神社の境内に埋めました。

 

そして、その上から五寸釘を、各々12本も打ち込み、その後、21日間、毎晩、その上から五合の酒をかけ続けました。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

一件落着

 

何だか恐ろしいことになってきましたね……

 

元夫とはいえ、夜中の2時、3時に電話をかけてきたり、直接アパートに来てドアをどんどん叩かれると、近所の手前もありますし、女の一人住まいですから怖いですよ。

 

だから、この祈祷師うさん臭いと思っても、他に方法がないとなると、従ってしまう気持ちはわかります。

 

話は全く別の話になります。

 

最近、我が家でいいことがありました。

 

内容はあまり詳しくは書けませんが、書ける範囲で書いてみたいと思います。

 

端から見たらどう思われるかわかりませんが、私は聖の親様のお力のおかげだと思っています。

 

義母が亡くなって、相続の手続きは終わりました。

 

夫の兄弟の土地は、母の生前にいろいろわけがあって夫の兄弟の共有地になっています。

 

夫の兄弟は、姉兄、弟の4人です。

 

弟の場合は、結婚をして数年で奥さんの実家に婿入りをしましたので、その時に住んでいた土地を売りましたので、今回の共有地の件では関わっていません。

 

ですから、今回は夫と姉と兄の話です。

 

夫の兄弟はそれぞれに結婚をするときに土地を親からもらったのですが、それぞれ皆共有地なのです。

 

お互いにそこは、お金のやり取りなしに共有地を外そうという事になっていたのですが、義姉の不正があってその話が進みません。

 

夫と義姉はそれだけでなく、そのもっと前から険悪で話し合いになりませんので、義兄が間に入ってくれていました。

 

ところが、義兄本人は「俺は中立」だと言っているし、そう思っているようでしたのですが、私から見ると完全に義姉側です。

 

義姉は自分の都合が悪くなると、夫や私のせいにして、いつも自分は被害者になります。

 

今回の共有地の件は、数年暗礁に乗り上げていました。

 

でも、この件を子供の代に持ち越すわけにはいきません。

 

何とかならないかと、専門家に間に入ってもらい、今回長くかかりましたが、解決しました。

 

この間、あまりに年数がかかるので、私は早く解決するように聖の親様にお祈りをしていました。

 

夫の兄弟も皆70代です。いつどうなるかわかりません、やはり皆体が動けるうちに解決をしておきたかったのです。

 

おかげさまで、皆それぞれの土地になっただけでなく、義兄が今回の件で、義姉夫婦のウソに気が付いたようです。

 

今まで、義姉夫婦のウソを言っても信じてもらえなかったのですが、今回の件でやっとわかってもらえました。

 

これは、本当にうれしかったです。

 

もちろん、夫が一番喜んでいます。

 

兄弟の中で一人どんなに頑張っても認めてもらえなかったし、信じてもらえなかったのが、一人でも理解してくれる人ができたことがとても嬉しかったようです。

 

共有地の件が早く解決をしてください、とお願いをしていましたが、まさかの義兄の理解まで得られるようになるとは思っておらず、とてもありがたかったです。

 

ありがとうございました。