聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

魂の願いとはかけ離れるのが現実

老年期は霊界入りの準備期間なのに・・・

いったい、人間が自分の魂に嫌われるということはどういうことなのでしょうか。

このような現象は特に40歳代以降、老年期に入った人たちによくみられることなのですが、それは、壮年期以降にあっては人間の魂のはたらきが次第に活発になってくるという事実と関連しているのです。

人間も40歳代から50歳代くらいになると、体力の衰えに反比例して精神世界が次第に豊かになってくるものです。

すなわち、魂の存在に磨きがかかり、力をもってくるということです。

これが老年期に入ると、霊界入りを目前にして、いよいよ急ピッチで自らに磨きをかけ、現界での修行を完了させるべく励むようになります。

ところが、ここが問題なのです。

場合によっては、現界に住む肉体人間とそこに内在する魂との間に大きな亀裂が生じることがあるのです。

魂としては、あと10年、20年、まだまだこの肉体と知恵・頭脳をとおして養分を吸収し、霊界生活に備えて立派に磨き上げたい思っているのに、どう間違ったのか、当の肉体人間が魂をないがしろにして、勝手に悪想念を発生させ始めたらどうでしょう。

魂としてみれば、なんとも迷惑なことです。

せっかく老境に入り、霊界生活に向けてますます自身(魂)に磨きをかけんとピッチを上げていたところに、突然降ってわいたスモッグのような、この悪想念を発する汚泥です。

しかも、それが日増しに激しくなっているのです。

あと10年、20年とこの肉体をとおして霊界入りの準備を完成させようとしていたのに、だんだん厚みを増していく、この悪想念のカサブタはどうでしょうか。

魂は自らを省みて、もはやこれ以上悪想念のカサブタをこびりつかせることを潔しとしません。

しかし、自分(魂)は、まだ立派に霊界入りが果たせるところまで修業が完成されていません。

……と、このような状況に立たされるとき、魂は大いに迷い、その想いは乱れに乱れるのです。

——あと10年、20年頑張ってこの凡夫の体中で修行を続けたいところですが、この悪想念のいやらしさ、けぶたさ、醜さ……です。

これでは、とても修行どころの話ではありません。

自己(魂)を低級化させる、最悪の環境です。

霊界入りの準備が完了していないとはいえもう肉体を離れる潮時なのでしょうか。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

親の心子知らず

>この肉体と知恵・頭脳をとおして養分を吸収し、霊界生活に備えて立派に磨き上げたい思っているのに、どう間違ったのか、当の肉体人間が魂をないがしろにして、勝手に悪想念を発生させ始めたらどうでしょう。

 

親心子知らず、というところでしょうか・・・

残念ながら、現実の世界ではこういう人は多いと思います。

 

 

以前に私の耳の聞こえが悪くなっているので、心の耳で聞くようにしてみようと思っている、ということを書きました。

その後の経過ですが、心の耳で少しづつですが聞こえるようになっています。

完全に聞こえるようになっているわけではありません。

今の状態は、人の話を聞いていて聞こえずらくなると、自然に心の耳で聞くようになっています。

日神会で神霊治療をするとき、みぞおち5センチのところにこぶしをあててといわれます。

人の話を聞いていて、聞こえずらくなるとチャンネルが切り替わる感じで、みぞおち5センチの下のところで聞くようになりますが、それがすぐに聞こえるようになるわけではなく、聞いているうちに聞き取れるようになる、という感じです。

話の流れで、全部が聞こえなくても一部聞こえるようになると、なんとなく話が見えてきます。

今のところはそんな感じです。

これを続けることによって、もっと聞こえるようになるのではないかと思います。

もちろん、霊流も引いています。

「両耳の血管が強く太くなり柔軟性があり、人の話や言葉や大事な音が聞こえるようになりますように、お願いします」という自己浄霊をしていると、霊流が耳ではなくみぞおち5センチのところに霊流が流れます。

一番大切な魂の管理

知られていない魂の管理の大切さ

わたしたち人間は死ということを恐れるがゆえに、霊障を恐れ、念を恐れ、さらに生命線、死線、天命線をも恐れてきました。

また、一日でも長生きをしたいという人間の本能的な想いは、日常生活の中で行われいるさまざまな健康管理法にもよくあらわれています。

たとえば、食べること、眠ること、運動することに気を使い、人によってはいろいろな医薬品も用いたりしています。

これらは、みな、人間が本能的にもっている生に対する愛着の想いが、根っこにある見ていいでしょう。

世の中には、定期的に健康診断を受けたり、健康のためにアルコールやタバコまでひかえているような注意深い人が非常に多いのです。

しかし、これらのうちの人のどれほどの人が、自分の魂が自分という人間に嫌気を覚えた場合、魂独自の裁量において肉体を離脱していく(魂の霊界入り、すなわち肉体人間の死)という驚くべき事実を知っているでしょうか。

人間の死とは、本来、魂が霊界生活に対する準備万端を整えて、もはや不要となった肉体というからを捨てて、霊界という新しい世界へ旅立ってい行く現象です。

それは、ちょうど胎児が約10か月という準備期間を母親の胎内で過ごし、やがて母親の体を必要としなくなって、この世に誕生してくる状態とよく似ています。

いつも言っていることですが、その限りにおいて、死とは少しも恐ろしいことではありません。

それは、霊界という新世界への魂の誕生であり、人間魂だけの存在になって、初めて人間としての真実の生活を獲得するといっても過言ではありません。

わずか数十年という肉体人間ではありますが、この間に、肉体と頭脳を通して十分に養分を吸収をし、立派に育てられた魂は、ごく自然に古い肉体を離れていきます。

ある程度高齢になって、何の苦痛もなく亡くなっていった人の死にようについてよく大往生という言葉を使いますが、まったくその通りです。

いわゆる大往生を遂げていった人たちの魂は、霊界入りに対する十分な準備が整っていたおかげで、死後の世界では 大いなる安泰を得ているはずです。

死とは、本来、このようにあるべきものなのです。

ところが、死という現象が必ずしも、いつもこのように「平和」なものであるとは限らないところに大きな問題があるのです。

まず、霊障や他からの念を受けて命を失うということは、人間にとって魂の修行(霊界入りの準備)を強制的に中断させられ、魂が未熟なままに霊界に引きずり込まれるという悲しむべき事態であります。

隈本確先生が行う神霊治療にしても、また、隈本確先生が開発した霊流理論(病気の自己治療法、他者治療法)にしても、その目的の一つには、このような人間にとって不幸な事態を食い止めるということが挙げられます。

しかし、どんなに霊障や加念障害に注意して霊流理論を応用したところで、もしあなたがあなた自身の魂に嫌われてしまったとしたら、もはや生命の保証はありません。

あなたの体の苦しみの原因が、あなた自身の魂に嫌われた結果生じたものであるなら、いかなる健康管理法も効を奏することはなく、神霊治療によってさえも思わしい結果を得ることは難しいのです。

また、このようなケースでは、神霊治療で病気は治っても、他の方法、例えば不慮の事故、災難といった形で命を奪われることも多いのです。

 

 

 

 

 

 

義母は大往生

>ある程度高齢になって、何の苦痛もなく亡くなっていった人の死にようについてよく大往生という言葉を使いますが、まったくその通りです。

 

こういうふうに最期を迎えたいと思っている人は多いと思います。

夫の母は、ちょうど100歳で亡くなりました。

亡くなるときは、夫と私がそばで見ていましたが、いつ亡くなったのかわからないくらい静かに逝きました。

大往生でした。

亡くなる2か月ほど前から具合が悪くなり、病院ではどこも悪くないけれど、体の20%ほどしか機能していないといわれました。

苦しむということが全くありませんでした。

同居をするには難しい人でしたが、義母は義母で戦争に行った夫が帰ってきたけれど、体が弱くほとんど義母が生活を支える状態で、4人の子どもを育てていくというのは、大変だったと思います。

義母は、「わたしは体を無理に使ってきたから短命だ」といっていたのですが、100歳まで生きました。

義母だけでなく、今までいろんな人の人生を考えると、亡くなり方が千差万別です。

 

 

 

前回は、ムスリムのことを書きましたが、今わが国で問題になっているのは移民ですね。

労働力不足を理由にしていますが、日本人でもっと働きたい人はたくさんいますが、日本人が働くことには法律でかなりの規制がかかっていますし、給料が安くて生活ができないから仕事を辞めざるを得ない、という日本人はよく聞きます(特に介護職)。

簡単に、客観的に見た意見を言いますと、移民のうまい汁を吸っている人はごく一部で(移民は、日本人の7割の給料で雇え、その上補助金だか助成金が出る)、大変な部分は行政や地域住民や学校に押し付けられている気がします。

たしかに募集をしても来ない、という声も聞きますが、政府はどの職種がどれくらい足りないか、日本人を雇う努力をしているかどうか、という調査をしているのかはなはだ疑問ですね。

これはやはり、声をあげるべきですね。

 

 

 

魂の意志による死

念による死

他者の生霊(心)が発する念エネルギーによって死に至るものです。

この 念による障害の中には、自念障害と言って、自己の発した年によって自分自身の心身が苦しむものや、帰り念障害といって、自分が他人に対して発した悪念が再び自分自身に戻り、念を発した当人の心身が苦しむというようなバリエーションがあります。

いずれにしても、その念が強ければ、死に至る場合があります。

 

生命線による死

宇宙の法則による死、形あるものは土にかえります。

形あるものはいずれは無に帰するという宇宙の法則、自然のリズムにのっとっての肉体の消滅がこれです。

しかし、この生命線には第一、第二、第三の段階があり、第一、第二、第三ともに、高度の力をもつ神霊治療能力者の施術によって、こえさせることが可能です。

 

死線による死

これも宇宙の法則、自然のリズムによる消滅の法則です。この死線のお迎えを受けた人は、思いがけない事故や災難にあって、不運の死を遂げることになります。

しかし、この死線は生命線同様、第一、第二、第三の段階があり、いずれも高度の力をもつ神霊能力者の施術によって、超えることが可能です。

 

天命線による死

人間の死に関する大宇宙の最終の法則が天命線であり、いかに霊線をのぞき、念を受けない力をもち、生命線および死線を断ち切ろうとも、最終にはこの天命線が控えています。

すなわち、あらゆる死の要素を消滅させても、人は最後には天命線のお迎えにより、霊界へと赴くことになるのです。

 

以上が、人間を死に至らしめる5つの要素ですが、実はここにもう一つ、人間の死の要因となる非常に重要な問題が控えているのです。

それは、人間の魂の存在にかかわるものです。

だから、ここでは人間を死に至らしめる要素として、魂の意志による死というものを付け加えなければなりません。

しかし、これまでに、いったいどこの世界に、この魂の問題について解き明かした人があったでしょうか。

人間一人ひとりがもつ魂が、自分自身の意志によって、自らを包んでいる肉体人間を死に至らしめる――、何という驚くべき現象でしょうか。

これから詳しくお話していく「生き腐れ」「生き死に」現象とは、まさしく自己の「魂の意志による死」の諸相です。

 

 

 

 

 

いろいろな原因による死

>霊障と念による死、宇宙の法則による死、魂の意志による死……

 

いろいろありますね。

でも、世間一般にはほとんど認識されていません。

 

 

ここ数年、日本にイスラム教徒の人々の来日が増えているようです。

わたしが以前からイスラム教徒の人たちについて、不思議に思うことがあるのです。

というのは、わたしもイスラム教の教えを詳しく知っているわけではありませんが、豚肉と酒は食せないということは知っています。

そして、女性は顔をスカーフでおおったり、人によっては全身を覆ったものを身にまとっているようです。

他には、日に5回お祈りをするということと、火葬は罪人にすることで土葬が当たり前ということを知っています。

これだけのことを日本でやろうとすると、大変だと思います。

だから、日本に来たイスラム教徒の人たちは、日本はムスリム(イスラム教徒)にやさしくないと文句を言っているようです。

でも私からすると、遠くから他国に移住するときや旅行をするのに、その国のことを調べると思うのですが……

調べたら、日本という国はイスラム教徒には向かない国だということがわかりそうなものなのですが。

日本人は、豚肉を普通に食べますし、酒も飲みます。

高温多湿の日本で、顔や全身を覆っていたら暑くてしょうがないでしょうに。

日本人は忙しいので、一回のお祈りにどれくらいの時間が必要なのかわかりませんが、一日に5回もお祈りをしている時間が取れるかどうかわかりません。

日本人は、90%以上が火葬です。

国土は狭いし、高温多湿で衛生面でも土葬は心配です。

イスラム教のことをあまり知らない私でも、イスラム教は日本には合わないと思うのですが、それでも日本から出るどころか、どんどん増えていているようです。

世界にはもっとイスラム教徒の人たちが住みやすい国があると思うのに、知って来るのか知らないで来るのかわかりませんが、トラブルのもとになると思うのですが……

イスラム教徒はどんどん増えているといいつつ、実態は日本人はほとんど増えておらず、しかもイスラム2世の8割がイスラム教から離れているといいます。

ムスリムの人たちは、この実態をどう受け取っているのでしょうか。

耳慣れない言葉

「生き腐れ」と「生き死に」

以前にも書きました「生き腐れ」「生き死に」という言葉について、ちょっと説明しておきます。

この二つの言葉は、隈本確先生の神霊治療能力者としての活動の中から自然に生まれてきた言葉だから、皆様方にとって非常に耳慣れない、奇妙な響きをもった言葉であるかもしれません。

しかし、おそらく、「生き腐れ」「生き死に」という言葉の意味するところは、その語感が与える奇妙な印象以上に、不可思議かつ恐ろしいことであるはずです。

普通人間の体というものは、死後、魂が離脱すると速やかに腐敗現象を呈しはじめるのですが、この「生き腐れ」現象にあっては、生きながらにして体が腐り始めて、そして、ついには死に至る、という経過をたどります。

また「生き死に」とは、生きながらにして原因不明の激しい肉体苦しみを三日、四日、一週間、十日と味わい、その塗炭の苦しみの中でついに息絶えていくのです。

これらの現象は、いずれも人間の魂の存在にかかわるもので、一般医療でもちろんのこと、神霊治療の力をもってしてもどうすることもできません。

いわば特異な死への道程なのです。

「生き腐れ」「生き死に」現象が、偉大なる神の力をもってしても食い止めることのできな自己の魂の意志によるものだとしたら、人間にとって、いかなる悪霊の憑依現象よりも恐ろしいのは自己の魂の動きということになります。

 

人間の死の原因

人は本能的に死を恐れるものですが、ここで、人間が死に至る原因について考えてみましょう。

これまで、肉体の痛み、苦しみ、死ということについて繰り返し述べてきたのですが、おさらいの意も含めて、まず、これまでにお話してきた死の原因となる5つの要素について、もう一度見てみましょう。

 

霊障による死

病死のほとんどは突き詰めて言えば霊障による死ということになりますが、その他にも、不慮の災難による死などでは、実は霊が介在していたというケースが少なくないのです。

 

 

 

 

 

わたしも気をつけたい

>「生き腐れ」「生き死に」現象が、偉大なる神の力をもってしても食い止めることのできな自己の魂の意志によるものだとしたら、人間にとって、いかなる悪霊の憑依現象よりも恐ろしいのは自己の魂の動きということになります。

 

前回に書きました「神様方にが決められた正常な気候に戻りますように」というお祈りが、全世界に届くのは数か月先なのか、数年先になるのか私にもわかりません。

最近は、わたしの住んでいるところも、一時は30℃前後まで下がっていたのですが、お祈りを変えてからまた上がった気がしています。

熊本県も私のところよりはもともと高かったのですが、一時は少しですが下がっていましたが、また上がったように思います。

それでも、この祈りは続けていきたいと考えています。

祈り続けた結果、現在の異常気象と言われている気候と同じならば、神様方が決められた正常な気候なのかもしれません。

このように、気候を変えようと考えること自体が恐れ多く、そのうちに自分は世界の天気まで変えることができる凄い存在なのだ、と私が調子にのるのではないか、と考える方がいるかもしれませんが、今のところの私にはその考えはないつもりです。

でも、わたしも人間凡夫です。

どこでどう変わるかわかりませんので、もし、おかしくなっていると感じられた方は、できれば私に忠告をしてくださると嬉しいです。

それだけでなく、わたしの魂の親さんがわたしを「生き腐れ」か「生き死に」の状態にされるかもしれません。

そうならないよう、気をつけたいと思います。

自己の魂を磨き育てる

自己の魂こそ最も恐れ敬わなければならない

魂のはたらきということに関連して、神霊治療能力を含む神霊能力一般についてちょっと触れてみます。

隈本確先生は、自己のご守護神ではなく魂(聖地恩祖本尊大神という神格をもった魂)による神霊治療を行っていますが、これには大きなメリットがあります。

というのは、自己の魂による神霊治療には、ほとんど危険が伴わないのです。

このことは、神霊治療ばかりでなく、他のあらゆる神霊能力を発揮する際にも言えることです。

たとえば、霊視、霊聴、霊言、自動書記などの霊的現象にしても、他神霊の介入を受けることなく自己の魂で行った場合には、当の霊能者が霊的危機にさらされるということがありません。

なぜなら、自己の魂で行う神霊治療やその他の霊的現象では、他から入ってくる神霊の力を利用して行う霊的現象と違い、決して憑依現象を起こすことがあり得ないからです。

何といっても自分の体に内在する魂であれば、体の隅々までピッタリと当人と密着しており、低級霊や悪霊の介入してくる隙を与えないからです。

これに対して、どんなに有能な神霊霊能者であっても、他神霊を自己の体に呼び込んでの霊的施術には、どうしても、いくばくかの危険とあやまりの可能性が伴うものですから。

隈本確先生の主宰している日本神霊学研究会では、すでに多くの会員が自己の魂の働きで神霊治療を始め、霊視、霊聴、霊言などを行っています。

そして、それらの会員たちは、各自の魂の力を高めれば高めるほど、かつてないほどの喜ばしい不思議、奇跡の減少が、続々と身の回りに生じてくることを体験的に知っています。

しかしながら、そんな会員にしても隈本確先生にしても、決して油断はしていられません。

自己の魂の力で霊的施術を行うものは、他神霊の憑依を恐れる必要がない代わりに、自己の魂をこそ、最も恐れ敬わなければなりません。

その具体的表れとして、わたしたちが最も注意しなければならないことは、自己の魂の嫌がる無意識の想念界の失敗をしてはならないということです。

このことは、神霊能力者ばかりではなく、もちろん、一般の人達にも当てはまりす。

つまり、すべての人間は、顕在意識の面においても潜在意識、超意識の面においても、自己の魂に好かれるような世界を自ら努力して作り上げていかなければなりません。

そのようにして自己の魂を磨き、育て、ご守護神様に対する最大の親孝行ともなるのです。

 

 

 

  

 

 

自己の魂による神霊治療は安心

というのは、自己の魂による神霊治療には、ほとんど危険が伴わないのです。

 

最近の私は、自分の魂の親さんから霊流をいただいています。

何とも言えない安心感があります。

 

>何といっても自分の体に内在する魂であれば、体の隅々までピッタリと当人と密着しており、低級霊や悪霊の介入してくる隙を与えないからです。

 

日神会で浄霊をしていただくと、霊能者の先生方からいただくエネルギーの感じが全く違っていたのは、そういうことだったのですね。

先生方の魂の親様のエネルギーだったのですね。

納得です。

本当に違うのです。

力強いエネルギーだったり、やさしく温かいエネルギーだったり、どの先生が良いとかではなく、皆さん甲乙をつけがたいエネルギーでした。

今でもあの幸せな時間が、戻ってほしいと願っています。

 

 

 

 

今回、私が熊本県の気温を下げることを提案をし、天気を変えることができる人にも、お願いをしたことにはわけがあります。

正直、わたしも、お天気を変えていただく場合は、どうしようもない事情があってのことと考えていました。

だから、お天気というものは、人間凡夫が勝手に、しかも世界の気候を変えるという大それたことをしようなどとは、考えたこともありませんでした。

ところが最近数年の気候が明らかにおかしいと感じています。

年々気温が上がっています。

これも神様が決められたことだから、しようがないのかと思っていました。

それにしてもおかしいと感じていました。

台風の進路がありえない進路だったり、温度が上がりすぎです。

集中豪雨が続いたり、雨が降らない日が続いたり……

一か月ほど前だったと思います。

何とはなしに、「温暖化」という言葉が私の中に浮かんできました。

ところが、その「温暖化」という言葉にとても嫌なエネルギーを感じました。

とても邪悪なエネルギーです。

もしかしたら、今のおかしな気候というのは、この邪悪なエネルギーと関係があるのではないか、と考えました。

今のおかしな気候は、とても神様のエネルギーとは思えません。

もしかしたら、今は40℃を越したと大騒ぎをしていますが、もっと先には50℃、60℃になるかもしれないと考えたら、今のうちに神様のエネルギーを流して、元の神様のエネルギーの気候に変える必要があるのではないか、と考えました。

聖の親様に、気候の変動がおかしいので元の神様の気候に戻していただけませんか、と聞いたらよろしいということだったので、流しました。

ただ、前回私は20年前の気候が良いのではないか、と書きましたが、今は、「神様の気候に戻してください」、というお願いに変えています。

このお願いは、ごく最近のことなので、おそらくもうしばらくすれば、神様のお考えの気温になると考えています。

 

最近気が付いたのですが、わたしからコメントを書こうとしてもコメント欄が開かれません。

こういう時は、本当にパソコン音痴はどうしていいかわからないので、失礼ですが、コメントの返事をしようにもできないこともあるかもしれませんので、ご了承ください。

 

自身の魂に管理支配をお願いする

前回の続きです。

 

93%の闇の意識

驚くべきことに、わたしたち人間は日常の覚醒した意識下に、さらに93%とという闇の意識の世界をもっているのです!

のみならず、その93%にのぼる無意識の世界は、目に見えない霊界とも関連をもちながら、現在、そして未来というあなたの人生を演出していくのです!

あなたの一日後、一か月後、一年後、十年後、二十年後、さらには霊界での生活様式までです……。

それは直接に、間接に、あなたの無意識の世界にかかわりつつ、つくられていくのです。

だからこそ、わたしたちは、その無意識の93%の世界を、決して悪霊やつまらない雑霊には譲り渡してしまってはならないのです。

わたしたちの覚醒した意識下にある広大無辺のもう一つの世界を、決して悪霊や低級霊、また、わたしたち自身の悪想念に支配されてはなりません。

それでは、わたしたちはどうすればいいのでしょうか?

もちろん、守護神におすがりし、高級神におすがりし、高級神霊のお力を頂戴することもいいでしょう。

しかし、守護神におすがりし、神霊能力者である隈本確先生はから、霊流をひきさえしたら、それで事足りるというわけではありません。

このブログを読んでいる皆様方には、もうお分かりでしょう。

そう、ここで各人の魂の存在にご登場願わなければなりません。

わたしたち人間の人生は、一寸先が闇であればこそ、未来をつくりだせていく目に見えない無意識の世界を、わたしたち自身の魂に、しっかりと管理し、支配してもらわなければならないというわけです。

この私たち自身の93%にのぼる無意識の世界、さらには、わたしたちの一か月後、一年後、十年後の世界について、魂の存在は、果たしてどこまで管理してくれるでしょうか。

言うまでもなく、魂の存在に私たちの未来をどこまで管理してもらえるかは、わたしたち自身の不断の努力にかかっているのです。

その不断の努力とは、先ほども書いたように、日々、魂の嫌がることをしない、魂の嫌がるような想いをもたないという、自己の想念管理の努力に他なりません。

それが、あなたの未来における運を良くも悪くもするポイントになる落ちうことを、十分に理解していただきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

意識を持つ

>わたしたち人間の人生は、一寸先が闇であればこそ、未来をつくりだせていく目に見えない無意識の世界を、わたしたち自身の魂に、しっかりと管理し、支配してもらわなければならないというわけです。

 

「大霊界」のご本を全部読んだはずなのに、当時の私の中にはこの内容は、あまり残っていませんでした。

今は、すごくよくわかります。

やっぱり「大霊界」のご本は何度でも繰り返し読むべきです。

今は、心をあらためて魂の親さんに常に管理と支配をお願いをしています。

そうすると、魂の親さんがとても身近に感じます。

 

 

 

前回書いた熊本県の気温の件です。

30℃以上にならないよう、とお願いしましたところ、34℃まで下がっています。

わたしの市では、31℃でとても過ごしやすいです。

もう少し続けるとそこまで下がるのか、この辺が限度なのか私にはわかりません。

まだお祈りは続けるつもりですが、これから先冬になっても同じお祈りはできませんので、お祈りを変えたいと思います。

わたしが個人的には、50年~60年前の気温が良いのではないかと考えていますが、何十年と高い気温に慣れてしまっているということと、作物も酷暑に対応できる作物に品種改良されたものが多くなってきているのではないか、と考えます。

そうすると、いきなり50年~60年前の気温だと、今の作物には気温が低すぎる気がするのではないでしょうか。

そこで、20年くらい前なら今の酷暑対応の作物でも大丈夫ではないかと考えました。

それで、これからは20年前の気温に戻してほしいとお願いをするつもりです。

もし、一緒にお祈りをしたい方はお願いをします。

一緒にお祈りをしてくださる方は、気温が下がったらもう大丈夫だとは思わず、お祈りを続けてほしいのです。

その理由は、次回に書く予定でいます。

93%の世界はわかっていなかった

前回の続きです。

 

わかっていたのは7%

わたしたちが、完全に自己の魂に好かれる想いの世界をつくりあげることができたら、魂は一点の曇りもなく浄化され、わたしたちの体中にありながら、魂本来の霊性を着々と磨くことができるでしょう。

そして、それにともなって、わたしたちの精神世界はより豊かに広がっていくのです。

と同時に、不思議なことに、物質面においても、わたしたちの生活はそれまでよりも、もっと豊かで喜びの多いものになってくるのです。

この言葉は、決して気休めではありません。

事実、隈本確先生の場合がそうでした。

隈本確先生は、自分が身をもって証明し得た事実だからこそ、こうして声を大にして言っているのです。

このことについて、ここでちょっと別の角度から見てみることにしましょう。

あなた方は、自分のことについて、どれほどのことがわかっているでしょうか。

自分で、自分がどこまでわかっているでしょうか。

このことについて把握するのは、実は非常に難しいのです。

しかし、たいていの人は、自分が想像している以上に自分のことについてわかっていないとみて間違いありません。

人間がどんなにわかったと思っていても、そのわかったと思っている顕在意識は、人間の意識の世界全体から見たら、たったの7%くらいにすぎません。

残りの93%は潜在意識、超意識であり、わたし達にはほとんどうかがい知れない世界なのです。

もし、自分自身のことについてすべてわかっているという人がいたとしたら、隈本確先生は、その人に聞いてみたいといいます。

「あなたは、明日の午前12時には何を思っていますか?あなたの一年後は、どんな風になっていますか?そして、あなたの十年先の未来には、どんな生活が現出するのでしょうか?さらに、あなたは、死後、霊界でのご自分の居住区がわかっていますか?」

この質問に答えられる人は、おそらくいないはずです。

そして、あなたは、このあなた自身にすらわからない自分の未来を握る重要なカギが、ほかならぬあなた自身の無意識(潜在意識、超意識)の世界にあることに気づいておられるでしょうか。

 

次回に続きます。

 

 

 

凡人にはうかがい知れない世界

>「あなたは、明日の午前12時には何を思っていますか?あなたの一年後は、どんな風になっていますか?そして、あなたの十年先の未来には、どんな生活が現出するのでしょうか?さらに、あなたは、死後、霊界でのご自分の居住区がわかっていますか?」

 

子供のころから、ぼんやりとですが、自分はこの先こうなるのではないか、という感覚がありました。

たとえば、結婚してとても大変だけれど、それを越せば老後のわたしは平和な生活を送るだろう、という感じがしていました。

それは、当たっています。

もしかしたら、わたしの魂の親さんが教えてくださっていたのかもしれません。

 

残りの93%は潜在意識、超意識であり、わたし達にはほとんどうかがい知れない世界なのです。

 

これは、謙虚に受け止めて生きていくべきだと思います。

 

 

 

熊本地震という大変なことがありました。

心よりお見舞い申し上げます。

一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

 

前回、わたしは自分の周囲の気温を下がるよう、聖の親様にお願いをしました。

その結果は、日中は32℃~34℃辺りでした。

昨日は28℃でした。

今日は、31℃です。

聖の親様にお願いを聞いていただいたようなので、市内全体だったものを県全体にすることにしました。

わたしはテレビラジオ新聞を一切見たり聞いたりしていないので、熊本県の暑さのことに全く気が付いていませんでした。

一昨日になってやっと気が付きました。

昨日は40℃だったといいますから、大変です。

もっと早く気が付けばよかったと反省をしております。

一昨日から30℃を超えないよう霊流を流すようにしております。

熱中症で亡くなられた方もいるようです。

本当にもっと早く気が付けばよかったと、反省をしています。

数日かかるかもしれませんが、今までよりは気温が下がると思います。

先週から、気候のことを考えたら、今の祈り方で一年を通してお願いをするのは無理ですし、世界全体を考えたら祈り方を変えた方が良いと考えました。

そのことは、次回に書きたいと思います。