老年期は霊界入りの準備期間なのに・・・
いったい、人間が自分の魂に嫌われるということはどういうことなのでしょうか。
このような現象は特に40歳代以降、老年期に入った人たちによくみられることなのですが、それは、壮年期以降にあっては人間の魂のはたらきが次第に活発になってくるという事実と関連しているのです。
人間も40歳代から50歳代くらいになると、体力の衰えに反比例して精神世界が次第に豊かになってくるものです。
すなわち、魂の存在に磨きがかかり、力をもってくるということです。
これが老年期に入ると、霊界入りを目前にして、いよいよ急ピッチで自らに磨きをかけ、現界での修行を完了させるべく励むようになります。
ところが、ここが問題なのです。
場合によっては、現界に住む肉体人間とそこに内在する魂との間に大きな亀裂が生じることがあるのです。
魂としては、あと10年、20年、まだまだこの肉体と知恵・頭脳をとおして養分を吸収し、霊界生活に備えて立派に磨き上げたい思っているのに、どう間違ったのか、当の肉体人間が魂をないがしろにして、勝手に悪想念を発生させ始めたらどうでしょう。
魂としてみれば、なんとも迷惑なことです。
せっかく老境に入り、霊界生活に向けてますます自身(魂)に磨きをかけんとピッチを上げていたところに、突然降ってわいたスモッグのような、この悪想念を発する汚泥です。
しかも、それが日増しに激しくなっているのです。
あと10年、20年とこの肉体をとおして霊界入りの準備を完成させようとしていたのに、だんだん厚みを増していく、この悪想念のカサブタはどうでしょうか。
魂は自らを省みて、もはやこれ以上悪想念のカサブタをこびりつかせることを潔しとしません。
しかし、自分(魂)は、まだ立派に霊界入りが果たせるところまで修業が完成されていません。
……と、このような状況に立たされるとき、魂は大いに迷い、その想いは乱れに乱れるのです。
——あと10年、20年頑張ってこの凡夫の体中で修行を続けたいところですが、この悪想念のいやらしさ、けぶたさ、醜さ……です。
これでは、とても修行どころの話ではありません。
自己(魂)を低級化させる、最悪の環境です。
霊界入りの準備が完了していないとはいえもう肉体を離れる潮時なのでしょうか。
次回に続きます。

親の心子知らず
>この肉体と知恵・頭脳をとおして養分を吸収し、霊界生活に備えて立派に磨き上げたい思っているのに、どう間違ったのか、当の肉体人間が魂をないがしろにして、勝手に悪想念を発生させ始めたらどうでしょう。
親心子知らず、というところでしょうか・・・
残念ながら、現実の世界ではこういう人は多いと思います。
以前に私の耳の聞こえが悪くなっているので、心の耳で聞くようにしてみようと思っている、ということを書きました。
その後の経過ですが、心の耳で少しづつですが聞こえるようになっています。
完全に聞こえるようになっているわけではありません。
今の状態は、人の話を聞いていて聞こえずらくなると、自然に心の耳で聞くようになっています。
日神会で神霊治療をするとき、みぞおち5センチのところにこぶしをあててといわれます。
人の話を聞いていて、聞こえずらくなるとチャンネルが切り替わる感じで、みぞおち5センチの下のところで聞くようになりますが、それがすぐに聞こえるようになるわけではなく、聞いているうちに聞き取れるようになる、という感じです。
話の流れで、全部が聞こえなくても一部聞こえるようになると、なんとなく話が見えてきます。
今のところはそんな感じです。
これを続けることによって、もっと聞こえるようになるのではないかと思います。
もちろん、霊流も引いています。
「両耳の血管が強く太くなり柔軟性があり、人の話や言葉や大事な音が聞こえるようになりますように、お願いします」という自己浄霊をしていると、霊流が耳ではなくみぞおち5センチのところに霊流が流れます。



