聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

神霊治療ほど怖いものはない?

前回の続きです。

 

わたしの魂って何ですか?

「相沢さん、あなたがあんな目にあったのは、大勢の神霊治療をしたからではない。まず、あなたは高度な神霊治療能力が出てきて、しかも、あなた自身の体は治療後に苦しくなるようなことがなくなりましたね。

ところが、あなたはどのようなことを人に言っていますか。わたしの悪口、陰口をさかんに言っているでしょう。

あの隈本には病気を治す力はない。だいたい、霊を体に呼ぶことができない。だから、あの隈本は人の病気を自分で治すんじゃなくて、同席させている全員に霊をかからせて、それで治しているんだ。自分こそが、病人の霊を体に呼び込んで病気を治しているのだ。隈本はインチキだ。とあなたは、あちこちでこのようなことを触れ回っていますね。

そのようなことを言っているあなたに対して、あなたの守護神がどのような想いをもっているか、あなたは考えたことがありますか。あなたの守護神は、わたしが出してあげたのですよ。その、わたしが出してあげたご守護神におすがりして、あなたは神霊治療をしているのでしょう。

以前は人の病気は治せても、そのたびに病人の霊を受けて、あなた自身が苦しんでいた。それが、わたしの守護神を出してもらって、治療の仕方を習って、自分は苦しむことなくどんどん神霊治療ができるようになった。なんといっても、あなたはわたしの指導を受けてから、病気治療以来の人を片っ端から治せるようになったんじゃないですか。

そのことも忘れて、あなたはあちこちでわたしの悪口を言いまくる――、これでは当然、守護神は身を引かれますよ。なぜかと言えば、あなたの守護神は親神に当たる私に対して深い敬虔な心をもっているからです。守護神が身を引かれたらどういうことになるか、あなたは十分わかっていたはずじゃないですか。さらに、あなたがそんな悪想念をもっていることに対して、あなたの魂があなた自身に対して何と言っているか、あなたはわかっていないのですか」

隈本確先生の言葉をじっと黙って聞いていた相沢さんが、このとき、少々間の抜けた調子で言葉をはさんできました。

「先生、わたしの魂って、何ですかァ?」

「ああ、それは後々の私の講習で『魂の存在』というのを話すから、それをきけばよくわかるはずなんだが……。とにかく、あなたは自分で何もわからなくても、その体の中には独立した魂の存在がちゃんとあるのです」

「その魂の存在って、何ですか、先生?」

「わからなければ、後々の私の講習をしっかり受けなさい」

「いやぁ、とんでもない、先生。わたしはもういいです。神霊治療をしてあんなひどい目に合うならば、わたしはもう結構です。神霊治療もやめにします。実際、大変な恐ろしいことでした。もう先生についても、何も言いません」

そういうや、相沢さんは挨拶もそこそこに、逃げるようにして帰っていきました。

その後、聞くところによると、相沢さんは「神霊治療ほど怖いものはない」といって、神霊治療の依頼をすべて断っているそうです。

 

 

 

 

守護神の気持ちがわからない相沢さん

>わたしが出してあげたご守護神におすがりして、あなたは神霊治療をしているのでしょう。

>あなたの守護神は親神に当たる私に対して深い敬虔な心をもっているからです。

 

常識で考えれば、おのずとわかりますが、相沢さんには理解ができなかったようです。

 

>「わからなければ、後々の私の講習をしっかり受けなさい」

 

これから先に魂の説明があるのですね。

てっきりもう魂の話を聞いているのかと思っていました。

 

 

 

夫の件の続きです。

駆けつけると、夫は救急車の中で 隊員の人と普通に話していました。

わたしは「昨日も救急車で運ばれて脳も血液も異常がなかったので、今回はやめることはできませんか?」

と聞いたら、即「頭を打っているから駄目です」といわれました。

昨日と同じ病院の方が良いといわれ、病院についてから脳のCTを検査をして異常なしでした。

ところが、帰宅する直前あたりから夫がおかしくなってきました。

わたしを看護婦さんと間違えたり、お箸を4本で食べたり、大きいビニール袋をズボンと間違えて穿いたりとか……

話もかみ合わなくなってきました。

このころは、一時的なものなのかこれから永遠に続くのか不安でした。

結果的には、熱が下がってきたらこういうことはなくなりました。

ところが熱が下がっても、相変わらず食欲はなく全身のだるさも続いていました。

いつもなら、熱が下がれば食欲も戻り元気になるのに、今回は立っているのさえ辛いようでした。

少し話が戻りますが、5日分のタミフルををもらってきたのにそれを3日目に飲み切っていることに気が付きました。

このことが後に、夫の体の回復につながります。

わたしは驚き、わたしが薬を管理をすることにしました。

この話はまだ続きます。

 

 

自己の想念世界がわかっていない相沢さん

前回の続きです。

 

不服そうな相沢さん

「お母さん、あなた自身がそのような怪現象に合っているのではありません。本人と電話を変わってください」

そういうと、隈本確先生は、再び電話口に出てきた相沢さんに次のように強く言いました。

「相沢さん、この前と同じように、わたしをしっかりと念じなさい。心の底の底から、必死でわたしにすがりなさい。そうすれば、この前と同様、元の落ち着いた状態に必ず戻ります」

隈本確先生は前回と同じように受話器をもったまま相沢さんに念を送り、彼は彼で、受話器をもったまま、必死で隈本確先生にすがっていたようでした。

2、3分の沈黙の後、受話器の底から安どの吐息とともに相沢さんの声が響きました。

「ああ、やっと落ち着きました……。しかし、わたしはいったい、どうなってしまったんでしょうか。悪霊にとりつかれてしまったんでしょうか」

「相沢さん、今日はもう夜も遅いから、わたしを念じながら、安心してぐっすり休んでください。そして暇があったら、2、3日中にでも、わたしの道場に出てくることです」

そう言って、その晩も一件落着とあいなったのでした。 

さて、それから2、3日後、相沢さんは隈本確先生の道場にやってきました。

そして、隈本確先生の顔を見るなり、さも不満そうに言うのでした。

「先生、わたしは守護神も出ているのに、どうしてあんな苦しい目に合ったんでしょうか。ビルがグラグラ揺れる。ベッドが回る。コーヒーカップや灰皿が床に落ちる。そのうえ、幽霊がわたしをびっしり取り囲む!あんなことになるなら、もう、わたしは神霊治療なんてやめますよ。まったくひどい目に合ったものです」

この相沢さんの言葉に対して、隈本確先生は言いました。

「相沢さん、あなたは近頃高度の神霊治療を発揮するようになりましたね」

「はあい……、それはもう、来る人来る人、片っ端から治せます。しかし、神霊治療をしたからあんなことになったんでしょうか?」

ますます不服そうな顔つきで言う相沢さんです。

高い神霊能力をもちながら、自己の想念世界について、あまりにも無頓着な相沢さんに、隈本確先生は内心あきれ果てて、言いました。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

自己の想念世界には無頓着名相沢さん

>ますます不服そうな顔つきで言う相沢さんです。

高い神霊能力をもちながら、自己の想念世界について、あまりにも無頓着な相沢さん

 

自己の想念というものの大切さに、まったく興味がないのですね。

今までも、神霊能力者養成講座をまじめに受けていれば、自己の想念の大切さというものを理解していたはずですが、おそらく相沢さんの関心事は神霊治療のみだったのでしょうね。

残念ながら、こういう人けっこういます。

 

 

前回の続きになります。

夫は、救急病院では脳のCTと血液検査をし、点滴もしてもらいました。

検査結果は全て異状なしでした。

その日は、解熱剤(タミフル)とインフルエンザの薬をもらって帰宅しました。

帰宅した夫は、疲れたのか風呂も入らず食事もせず、もちろん薬も飲まず寝てしまいました。

翌朝、目が覚めるとベッドには夫がいません。

「え、どこ行った?」と驚き、心配しながらも朝食の支度をしていると、夫が帰ってきました。

JAの直売所に行ってきたというのです。

わたしは思わず「やめてよ!」と強く言いました。

40℃近い熱があるにもかかわらず、トラックを運転して事故でも起こしたら大変です。

本人は「うん」と言っています。

見た感じは今までとはそんなに違いはありません。

でも、朝食はおかゆにしてもあまり食べることができません。

2口くらい食べて「いらない」といいました。

我が家は、何時もワンプレートです。

以前まで夫は、ワンプレートの食事を残したことはありません。

それが、最近はほとんど食べません。

食事をしながら、もう直売所にはいかないことと、花の水やりは体の様子を見ながら、休み休みやることを提案しました。

夫は「うん」といいました。

39.5℃もあるのに水やりをやることを言っている私も、高熱に対しての認識が甘すぎると、今は反省をしています。

今まで、我が家では家族がほとんど高熱になったことがないので、してはいけないということがわかっていませんでした。

というか、こんな高熱なら体が動かないと思うのですが、夫は動いたのです。

その後、朝食のかたずけをしていると、夫の仕事場の近所の人が「〇〇ちゃん(夫)が倒れて、救急車に運ばれるぞ!」と知らせに来ました。

「噓でしょ、温室に行ってたの!?」私の中では、夫はベッドで寝ていると思っていました。

ベッドを見ると、確かにいません。

わたしは慌てて、支度をして出かけました。

この続きは次回です。

今回の夫の件は、かなり長くなります。

不定期に

いつもこのブログを見ていただきありがとうございます。

夫の容態は、完全に元に戻ったわけではありませんが、だいぶ良い方に向かっています。

一時はどうなるかと思いましたが、回復傾向に向かっています。

これから追々お知らせしますが、わたしのほうが今までとは違う生活になり、なかなかブログを書く時間が取れませんので、今までは週一で書いてきましたが、当分の間は不定期にさせていただきます。

申し訳ありません。

また揺れる!

前回の続きです。

 

自覚のない相沢さん

隈本確先生は、この相沢さんの無茶苦茶な喚き声に対して、言いました。

「ビルが壊れるのも、ベッドが回り、揺れ動くのも一切気に掛けるな。そして、自分の全想念をわたしに向けなさい。"お願いします”と、一心不乱に私に念じなさい。いま、わたしもあなたに対して、全力をあげて念を送るから……」

それから、隈本確先生は、この受話器をもったまま相沢さんに念を送り、さらに2、3分いろいろとアドバイスをしました。

すると、相沢さんは、ようやく落ち着いたようでした。

そして、彼自身がさも狐にでもつままれていたといったような調子で、言ったものです。

「先生、これは、いったい、何だったんですかァ。悪霊の仕業ですかァ、守護神を出してもらった私に、どうして悪霊が付くんですかァ、どういうわけですかァ、先生……」

「相沢さん、いろいろと思うこと、考えることを一切やめなさい。そして、ただひたすらに、わたしに対して、"救ってください、お願いします”と全力をあげて念じなさい。そうすれば、二度と今のようなことは起こらないはずだから……。今は、楽になりましたね」

「はァい……、今は何か、スーッと楽になりまして、あれほど揺れていたビルの揺れが止まりました。ベッドもちゃんと横たわっていて、その上に私は寝ています。もう揺れていません」

こうして一件落着となったものの、人間とはなんとも得手勝手なものです。

自分の神霊能力がバリバリ出る時には導きの師をもけなし、罵倒もします。

そして、自分でどうにも手が付けられない異変が起こると、罵倒したその口はすっかりと拭い去って、先生、先生と、夜の夜中に電話をかけてきます。

ともあれ、相沢さんの一件は終わったものと、再び彼のことを忘れていると、10日ほどして、またしても夜中の電話です。

「先生、またビルが揺れ出したァ!ベッドが回り出したァ!何とかしてくれいー助けてくださあい!しかも、今日は私の周りに幽霊がびっしりと取り巻いている。ああ、そのうちの一体がわたしの体に入ってきたァ!ウウ、目が痛い、背中が痛い!」

隈本確先生が黙って相沢さんの電話を聞いていると、電話の相手がかわる気配があって、今度はおろおろしたような、年配の女性の声が響いてきました。

「先生、わたくしは相沢の母親です。もう、息子はまるできちがいです。いったい、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。先生、どうすればいいのでしょうか。何とかしてください。こんな状態では、もう、どうにもこうにも、母親のわたくしもたまりません。このままでは、わたくしまで気が狂いそうです」

 

前回の続きです。

 

 

 

 

 

 

 

喉元過ぎれば熱さを忘れる

>こうして一件落着となったものの、人間とはなんとも得手勝手なものです。

 

本当にそうですね。

あんなに痛い目に合ったのに、すぐに忘れて同じことをしてしまうんです。

困ったものです。

魂の親さんも嘆いていらっしゃいます。

 

 

我が家はおかげさまで、子どもたちが大きくなってから30年余りの間、家族はみな健康で風邪にかかってもほとんどいつの間にか治っているということが多く、体温計がなくても困らない生活をしていました。

これも日ごろから聖の親様から頂いる超神霊エネルギーのおかげだと思っていました。

私以外の家族は、それぞれ持病があるので、かかりつけの病院はありますが、それは定期的に薬をもらっていました。

夫は、高血圧です。

正直、わたしはそれはいらないと思っていましたが、夫本人は必要だと思っているようなので、しょうがないと思っていました。

ところが、今月に入って夫が急に食欲がなくなり、吐いていました。

それでも、本人も私もそんなに深く考えもせず、そのうちに食べられるようになるだろうと楽観していました。

実際今までも、いつの間にか治っていましたので。

ところが、今回はそうはいきませんでした。

我が家はJA の直売所に出荷しています。

夫はそこで意識がなくなり、救急車で病院に運ばれてしまいました。

幸い、車を運転している時でなくて良かったです。

夕方、畑から帰宅したときに次男からそのことを聞かされ、慌てて運ばれた病院に連絡をして、長男と一緒に病院に向かいました。

病院では夫は意識が戻っており、思いのほか元気でした。

診察の結果、インフルエンザだということでした。

熱は高く、 39.5℃もありました。

普通なら、たいへんぐったりするはずですが、その割には元気でした。

その様子で、そのうち良くなるだろうと考えていた私が甘かったのです。

この続きは長くなるので、次に書きたいと思います。

相沢さんのお誘い

前回の続きです。

 

隈本確先生の方針

ところが、その相沢さんが何を思ったのか、しきりに隈本確先生を夜の街へ誘うようになったのです。

隈本確先生は、相沢さんに限らず、原則として会員や受講生とは遊びや食事を共にしないことにしています。

なぜかというと、一緒に遊んだり食事をすること自体は互いに心を通わせ、親密になるという良い面があるのですが、一方、その親しみの思いが隈本確先生に対する対等意識に変わった場合には、傲慢、不遜の想いが芽生え、かえって当人の神霊能力の向上の妨げになってしまう結果にもなってしまうからです。

そんなわけで、やはり導くものと導かれるもの、飲食を共にするようなことは互いのためにならずという考えから、隈本確先生は、数回にわたる相沢さん夜の街への誘いを断る続けていました。

すると、その直後から相沢さんの隈本確先生に対する様子がおかしくなりはじめました。

夜の街への誘いを断り続けたことに対する腹いせか何か知りませんが、あちこちで、隈本確先生の悪口を言い始めたのです。

「あの隈本は、病気を治していない。会員の霊媒体質者に病人の憑依霊をかからせて病気を治し、それを自分が治したように言っているんだ。だから、実際に病気を治しているのは、病人の霊を吸霊しているこの私なんだ。大体、あの隈本は霊を吸霊なんかしていない」

と、このようなことを、あちこちで言いふらしているのです。

不遜の念といいましょうか、逆恨みの念といいましょうか、とにかく、ここまでくれば立派なものです。

隈本確先生は腹が立つよりあきれ果ててしまい、それっきり、相沢さんについては心の中から完全に打ち捨ててしまったのです。

ところが、それから5か月ほどして、突然、深夜に相沢さんから電話がかかってきました。

受話器の奥から、相沢さんの必死の喚き声が届いてきました。

「先生、家が揺れる。揺れる……、5階建てのビルがグラグラ揺れて、今にも倒れそうだーっ!もう、どうにもならない。先生、このビルの揺れを止めてくれーっ!ベッドがグルグル回り始めた。揺れる、揺れる、縦に、横に、どんどん、どんどん揺れる。テーブルも揺れている。コーヒーカップが床に落ちた、灰皿も床に落ちた。ああっ、わたしはベッドから振り落とされそうだ!先生、ビルの揺れを止めてくれェ、ベッドの揺れを止めてくれェ!」

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

線引き

>相沢さんが何を思ったのか、しきりに隈本確先生を夜の街へ誘うようになったのです。

 

これはきっと、相沢さんが自分は他の人とは違うんだという意識があるのではないかと勘ぐってしまいました。

それが、自分だけ隈本確先生と夜の街へ一緒に行ってきたという、特別感が欲しいのではないかと勘ぐりました。

 

>原則として会員や受講生とは遊びや食事を共にしないことにしています。

 

やはり隈本確先生です。

線引きがはっきりしています。

とても大事なことです。

 

 

わたしは、まだ一郎先生がお元気だったころ、長崎道場で初めてお会いした時の印象ですが、とにかく優しく温かい方という印象でした。

全身から優しい温かい波動が出ていて、本当の優しさを感じる人に初めて会ったと思いました。

本当の優しさをもっているということは、厳しさをももっている方です。

その後、そのように全身から優しさと温かさを兼ね備えた人などいないだろうと思っていましたら、ある時、一人の男性の写真を見たとき、同じように感じた人がいました。

あの田代まさし氏のご子息でした。

本当に一郎先生と同じように全身から優しい温かい波動を感じたのです。

思わず、「ああ、この人はどれほどの苦労をしたんだろう。その苦労を乗り越えての愛を手に入れた人なんだ」と想いました。

田代まさし氏のご子息というだけで、苦労をしたであろうと容易に想像できます。

苦労というのは、人にわかりやすい苦労とほとんど人にはわからない苦労があります。

それでも、苦労は神様からいただいた自分自身が乗り越えられる課題です。

しっかりと向き合って、自身の魂を磨いていきましょう。

ある男性の話

相沢さんという男性

ここで、想念の誤りによって魂が肉体から離脱しかかり、大変な心身の苦しみを味わう羽目となった男性の実例紹介しましょう。

この男性は当時40歳を少し過ぎたばかりで、年齢的にはようやく壮年期に入ったころでしたが、すでに魂は肉体を凌駕するだけの力はもっていました。

「生き腐れ」の現象は、必ずしも壮年期以降、老年期に入ってから生じるものとは限りません。

20代、30代の方も油断をしてはなりません。

これからお話する実例を読んで、想念の誤りがいかに重大なことであるか、十分に納得していただきたいと思います。

長崎道場における神霊能力者講習会の受講生の中に、相沢宏さんという男性がいました。

年齢は、当時40歳を少し過ぎたばかりでした。

この相沢さんは、隈本確先生の講習を受ける以前から、すでにある種の霊的能力ともいうべきものをもっていて、病人と電話で話をしただけで、その相手の病気が治ってしまうという経験をたびたびしていたそうです。

が、相沢さんの場合、相手の病気が治るのひきかえに必ず自分の体が痛み、苦しみ始めるという典型的な霊媒体質でした。

そこで相沢さんは、何とか自分が苦しまずに人の病気を治す方法はないかと、しきりに試案をしていたそうです。

彼が隈本確先生の講習会について聞き知ったのは、ちょうどそんな折だったといいます。

相沢さんは、さっそく受講生として講習会に出席し始めたのですが、隈本確先生にとっては、後々それが大変困ったことになったのです。

というのも、この相沢さんの態度たるや、とても講習を受ける生徒のものとは思われなかったのです。

というのも、この相沢さんの態度たるや、とても講習を受ける生徒のものとは思われない、針灸、指圧、按摩のライセンスという堂々肩書ではない、鼻書きをぶら下げて、受講中は体を斜めにくずして胡坐をかき、胡坐の上に肩ひじをつき、タバコはスパスパ、あげくの果てには不躾に他の受講生をねめ回すというありさまで、まったく、隈本確先生にとっても他の受講生にとっても不愉快きわまりない人でした。

さらに講習が10回目を迎えるころになると、相沢さんの態度の悪さはますますエスカレートしていきました。

もうこのころになると、相沢さんはいとも簡単に人の病気が治せる、しかも自分には何らの霊の滞留もなく、したがって以前のように苦しむこともないというわけで、すっかり調子に乗り、まさに怖いものなしというありさまでした。

受講中の態度は傲慢そのもの、大あくびをしてみたり、鼻毛を抜いてみたり、ほとほと目に余るものでした。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

困ったものです

たまにですが、こういう人いますよね。

困ったものです。

態度が悪いけれど、しっかりできるから余計に困るんですよね。

 

 

毎週火曜日に更新をしていたのに、火曜の午後になって急に体調不良になって動けなくなってしまいました。

それから今日までパソコンの前に座ることすらできなくなってしまいました。

今は、元気になっています。

大変遅くなってしまいました。

申し訳ありませんでした。

霊が原因ではなく、現実的な私の不摂生が原因です。

自分の体のことも考えず、あれをやってこれをやってと、目の前のことばかりに追われて無茶をしたせいです。

心当たりがしっかりあります。

だから、休めば治るとひたすら休んでいました。

幸い、雨が続いていたので心おきなく休むことができました。

最近の天気が異常だと感じていた時に、こんなyoutubeを見ました。

「東京子育て酵母」というyoutubeで、最近のサムネでは(最近の豪雨、なにかおかしくないですか?雨雲レーダーに映る"放射状の線”)と(気象操作は本当に可能か?レーダー・人口降雨・気象兵器…調べて分かった現在地 ムーンショット目標目標8)の2つがあります。

本当は、ここに画像を張り付けて皆さんがクリックすればすぐ見れるようにするのが一番いいのですが、わたしにはブログを書くこととyoutubeを観ることはできても、張り付けることができないので、観たい方はご自分で上に書いたものを検索してみてください。

この東京子育て酵母というyoutubeは、決して陰謀論でも何でもない現実だけを伝えているyoutubeです。

現実には、雨を降らせることは可能だそうです。

以前、ベトナム戦争のときには米軍は、兵器としてそれを使っていたそうです。

その後、国連で気象兵器を戦争で使ってはいけない、ということが決まったそうです。

米ソ冷戦のときは、ずいぶんと研究が進んでいて、実験もすごくしていたそうです。

ただ現在の天気とその気象操作のつながりはわからないそうです。

コメント欄には、実際に使っていても公にはそれを認めるわけがないというコメントもありました。

すでにベトナム戦争のときにも使っていたと知ると、驚きます。

当時聞いたら、わたしは陰謀論だと思ったでしょう。

日神会で天気を変えられるということを知ったのは、その後だと思います。

世界は、自分の知らないところで進んでいる気がします。

 

 

 

 

おのが魂の存在を知らぬ人間が多い

前回の続きです。

 

魂の力は強大

こうして魂は人間の体中にあって、もうしばらく止まるべきか、ここらあたりで霊界への誕生を果たすべきか、いろいろと想いをめぐらせているのです。

ところが、当の人間様にあってはこのようなことを露ほども知らず、日々悪想念を募らせているというのが現状です。

おのが体中に、もう一人の意志ある存在としての魂が厳然としてあることを知らぬ人間の悲しさというべきでしょうか。

だが実際のところは、わたしたちの内部に棲むもう一人の意志ある存在、すなわち魂こそが肉体や知恵・頭脳を統率し、肝心かなめの生命を掌握しているのです。

したがって魂が決断し、下す命令に対しては、肉体も頭脳もこれに従わなければなりません。

たとえ、その決断が肉体と頭脳の消滅を意味していたとしても、もはや、肉体人間にはそれを食い止めるすべもないのです。

そして、魂が自分を包んでいる肉体人間に嫌気を覚え、ひとたび霊界入りを決断するや、外に生身の人間の壮絶なる「生き腐れ」「生き死に」現象が展開されることになります。

この段階に至っては、もはや、とても肉体人間のかなうところではありません。

長年、肉体人間の体中にありながら、霊界入りの準備を着々と進めてきた魂にとって、肉体、知恵側の人間から解放していくことは簡単なことなのです。

しかし、魂が自ら肉体人間より離れんと動き始め、その結果、肉体上に「生き腐れ」「生き死に」の現象が現れ始めたら、いかなる強大なる神霊の力も作用せず、その説得すらも拒否することがあるのです。

人間の肉体というものが魂の付属物である以上、その生殺に関して、魂自身の意志が最優先されるのは当然なのです。

したがって、特に老齢期に入った人間にとっては、自らの魂こそが、霊障、念、生命線、死線、天命線にも匹敵する恐るべき存在ということになります。

壮年期以降の人間にあっては、肉体、知恵、頭脳を含むすべての生命の根源は、自らの魂の存在にあるといっても過言ではないのです。

隈本確先生は、原則として70歳以上のお年寄りの神霊治療は受け付けていませんが、その理由の一つに、この魂の問題があるのです。

つまり、70歳以上のお年寄りでいろいろな体の不調を訴えてくる場合単なる霊障ではなく、当人の魂の意志による離脱現象に付随した苦しみであることが多いのです。

 

 

 

後に70歳以上も受け付けている

>70歳以上のお年寄りでいろいろな体の不調を訴えてくる場合単なる霊障ではなく、当人の魂の意志による離脱現象に付随した苦しみであることが多いのです。

 

この内容を以前にも読んだはずなのですが、あまり覚えていません。

当時の私にとっては他人事でした。

今改めて、自分事として感じる年齢になって、身の引き締まる思いです。

そう、この本を書かれた当時は、70歳以上の人達の神霊治療を断っておられたと記憶していますが、その後だいぶたってから(何年後かは覚えていない)は、70歳以上でも受け付けられたと記憶しています。

 

 

今年の夏は、非常に雨の多い年です。

被害の出ているところも多いようです。

お見舞い申し上げます。

以前、わたしは「神様方が決められた正常な気候に戻りますように」と、祈っていると書きました。

ところが、今から2週間から3週間ほど前から全く霊流が流れなくなったので、今は流していません。

なぜ流れなくなったのか、聖の親様に聞いてみたのですが、返事がなくまったくわかりません。

だから、今は神様方の気候なのか、人間の強欲から出た気候なのかわたしには全くわかりません。

また必要となれば流しますが、すべては神様のみ心のままに任せたいと思います。