聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

不幸な生涯を送られた女性の父親からの手紙

不幸な生涯を送られた女性の父親からの手紙

 

人としてこれ以上の苦しみはありえないのではないか、と思われるほど不幸な生涯を送られ、現在は高き霊界にあられる女性の、悲しくも美しい実話です。

 

この話は、その女性のお父様から実際に隈本確先生に宛てられたお便りと、それに対する隈本確先生の返信とをそのまま公開します。

 

これから記述していく、感動的なお便りをくださった方は、隈本確先生の著書の読者である斉藤さんという男性の方です。

 

お便りの書状の公開については、斎藤さんからは「少しでも、世の中の苦しむ人たちのお役にたてば」と気持ちよく快諾してくださいました。

 

「斉藤さんのご厚意に対しましては、ここで厚く御礼申し上げます

 

初めに、隈本確先生から宛てられた書状公開(斉藤さんのお便りの)についてのお願いに対する斉藤さんの承諾のお便りの紹介からです。

 

拝啓、隈本先生。

度々、ご丁寧なお手紙をいただき、ありがたく存じています。

つきましては、小生どもの心身障碍児・洋子の生前の生活の模様と、死後の霊界での様子を先生の著書中に記されるご予定のおもむきうかがいまして、大変嬉しく存じます。

それが、世の中で普通の方の何倍もの苦労をなさっている心身障碍者の方々や、また、そのご家族の方々に対して、少しでもなんらかの励みになれば、まことに幸甚でございます。

本日、夜中の午前二時から四時頃までの間に、亡き洋子の霊夢がございました。

夢の中では、四国の金毘羅宮のような感じの神社の前に洋子が現れて、わたくしたち夫婦や家族の将来のこと、また、私達が親しくしている方たちのことをいろいろと語ってくれました。

起きてから、不思議な夢だったなとずっと考えておりましたところ、お昼ごろ、先生からのお便りをいただきました。

そこで、改めて、霊の存在と神霊世界の不思議な働きに驚いて知った次第です。

洋子の生前の姿と言えば、重度の心身障害に侵されていたため無能な娘でございました。

けれども、今、人間には見ることのできない神仏と変わらない霊の存在を娘が内在させていることが、確実に信じられるようになりました。

健康に毎日を過ごし、今日、明日の楽しみを求むる方たちには、小生どものような生活は、とても信じがたいことでしょう。

また、普通の方には考えられないような大不幸を背負って生きている方にしてみれば"神も仏もないなんと無情な世の中だろう”と思われることが、度々あるかと思われます。

けれども、ただいまの苦しみの中でもなお神霊の実在を信じ、霊界を信じて、この無情な毎日の生活こそが修行なのだ、普通の方々にはできない修行をさせていただいているのだ、と考えて度量に度量を重ねたら、必ず神のご加護が下ってくる……と、小生はそんなふうに考えております。

なにとぞ、 小生どものことで世の中の方々のためになる材料がございましたら、赤裸々にご報告なされて結構でございます。

恥ずかしいとは、少しも思いません。

先生のご健勝を心からお祈り申し上げます。

そして、この世の中から心の不幸を除くべく、心の光をますます高く掲げてくださいませ。

先生のお力によって、神々のお光を、あまねく世に照らせしめてくださいませ。

御祈念申し上げます。

                     斉藤 利憲

隈本 確先生

 

以上が隈本確先生宛ての斉藤さんからのお便りを著書にしたいという申し出に対する、斎藤さんの承諾のお便りです。

 

次回は、斎藤さんの次女・洋子さんの生前、及び霊界での生活の模様についての、斎藤さんと隈本確先生との往復書簡を、そのまま記載します。 

 

 

  

 

 

私の姉

 

初めて書きますが、私の亡くなったすぐ上の姉は障碍者でした。

 

亡くなるころは腎臓の病気で26歳の若さでなくなりました。

 

亡くなった姉は、知的障害がありました。

 

でも、日常生活の中では少し遅いこともありましたが、支障なく生活ができました。

 

当時、特別学級にいました。

 

姉は、妹の私が見てもとてもかわいい顔をしていましたし、性格もとても穏やかでした。

 

そして、目がとても綺麗でした。

 

姉もはた目から見ても障がい者とわかるくらいでした。

 

そのせいか、家の中では、私達姉弟は皆仲が良かったし、両親も差別することなくかわいがっていましたが、外の人からは嫌がらせや、いじめがひどかったのです。

 

ストーブで使う鉄の棒を腕にわざと当てられひどいやけどをしたり、細かいいじめ嫌がらせをずいぶんと受けていたようです。

 

そういうことがあって、私は子供の頃から人を外見で判断するのは絶対にしない、と決めていました。

 

そんな中でも、姉はいつも穏やかで優しく一所懸命に生きていました。

 

感性が豊かだったのでしょう、素敵な詩をいっぱい書いて色んな賞をとっていました。

 

今の姉は、とても美しく幸せそうです。

 

そう、生前の辛かったことの何倍も、神様は姉に幸せをくださっている気がします。

 

 

 

                        

魂だけになった時の為にすること

謙虚、礼節、敬い、愛、慈しみの心

 

いつもなら隈本確先生の記事に関係をした私の想いを書いてました。

 

今回も関係するにはするとは思うのですが、ある掲示板で私が過去に投稿していた掲示板のことが話題になっているようです。

 

今回はそのことを書きたいと思います。

 

その掲示板は、もう今はなくなってしまった日神会系の掲示板です。

 

その掲示板に、私は投稿していました。

 

私は未だによくわからないのですが、おそらくですがその掲示板の管理人は3人だったと思います。

 

その3人をÀさん、Bさん、Cさんとします。主に毎日投稿していたのは、Àさんでした。

 

Bさんも投稿はしていましたが、Àさんほど多くはありませんでした。Cさんはほどんど投稿をせず、たぶん管理の方を重点的に行っていたのではないか、と想像しています。

 

その掲示板の終わりに近い頃に、ある人が投稿してきました。

 

Ⅾさんとします。

 

Ⅾさんは、日神会のアンチでした。

 

Ⅾさんが言うには、自分はアンチではあるけれどもと日神会の会員で、霊能者の先生から浄霊を受けたこともあったという事を言っていました。

 

自分でも懸命に自己浄霊をしようと頑張ったのだけれど、どうしても波長が合わず、地獄へ行ったらどうしようと思ってしまって、上手く自己浄霊ができなかったと言っていました。

 

結果、Ⅾさんの中では日神会の超神霊は嘘だという結論になったようでした。

 

それで、同じような想いをしている人がいるはずだから、アンチのサイトを立ち上げるつもりでいるが、その前にこの掲示板に、自分のことを言うために投稿したと言っていました。

 

私は以前から、日神会のアンチの人の中には元会員という人がけっこういるという事を知っていたので、できればなぜアンチになったのか本人に聞いてみたいと思っていました。

 

私にとっては絶好のチャンスでした

 

だから、Ⅾさんにいろんなことを聞いてみました。

 

結果先ほど書いたことを教えてくれました。

 

アンチとは言うけれど、アンチになるのも理由があるわけで、Ⅾさんは悩み苦しんだ結果アンチになってしまいました。

 

Ⅾさんに年齢を聞いたわけではないけれど、やり取りをしていてたぶん私の息子くらいの年齢だと思いました。

 

年が離れてアンチだけれど、とても波長が合う人で、楽しくやり取りをしていました。

 

ところが、端から見るとそうは見えなかったようで、後で人から聞いたところ、管理人の3人が私がわざと一人二役で投稿しているのではないかと、疑っていたといいます。

 

私はそんな事を疑われているとは知らず、Dさんと楽しくやり取りをしていました。

 

余談ですが、私は一人二役をやれるほどパソコンの腕をもっていません。

 

今では、忘れてしまったこともあるので、ちょっと違う部分もあるかもしれませんが、大まかなところではあっていると思います。

 

いつも通り投稿していると、内容は覚えていないのですが、管理人の人がある内容に時間の締め切りを決めたのです。

 

そんなことは全く知らなかったのですが、掲示板では私がOKしたことになっていたのです。

 

私は何も知らないうちに管理人が決めたことにOKしたことになっていることに気が付き、これは私を掲示板から追い出そうとしていると気が付きました。

 

私は特別その掲示板に思いがあるわけではないので、出て行ってくれと言われれば、それ相当の理由があれば出ていきます。

 

でも、わけもわからず裏で示し合わせたようなやり方におかしいといったのです。

 

その時に思ったのが、こんなやり方をする掲示板の管理人では私が何を言っても握りつぶされると思いました。

 

私は、結果はどうなっても自分の言うべきことは言うべきだと思っています。

 

これは正当な意見なら当たり前だと思います。

 

それで、以前から隈本確先生のご本である「大霊界」のことを書くブログを書きたいと願っていましたので、これを機会にブログを立ち上げました。

 

私は、そのブログの中で掲示板での出来事をできるだけ客観的に書きました。

 

決して自分に有利に書いたりはしていませんし、感情的でもありません。

 

もしよかったら、そのブログを読み返していただきたいと思います。

 

その時も今もそうですが、その時の管理人の人達に対して悪想念はもっていません。

 

ただ、そういう事を行う人達なんだと思ったし、今もそれ以上でもなくそれ以下でもありません。

 

何よりそこで悪想念を持つことが、自分の魂を汚すことになるので、一瞬何だこれは!と思っても、すぐに気持ちは切り替えます。

 

そりゃ、自分の意見を言う時に、悪想念をもって言うと悪想念だと思いますが、これは私の正当な意見であって悪想念だとは思っていません。

 

もし、私の感情を読める人がいたら、今私が書いているこの私の感情に悪想念があるかどうかみていただきたいと思います。

 

私が今回このことを書くことにしたのは、たいていのことは流しますが、2つ流せないことがあったので書くことにしました。

 

当時の管理人のミスと言われましたが、ミスではありません。

 

意図的に行ったことです。

 

それと、私が正当な意見だと思っていることが悪想念だと言われるのなら、私はどこで自分の意見を言えるのでしょう。

 

自分の魂を高めるという事は、自分の意見も言わず黙って相手の悪意ある行動を見逃し、黙ることではありません

 

相手がいけないことをしたら、いけないという事も大切だと考えています。

 

その管理人の方とはどれくらいでしょうか、掲示板だけのやり取りでした。

 

お互い掲示板だけのやり取りで会ったこともありませんが、そこには人柄というものもある程度はわかります。

 

その方に対して私が感じたのは、先に書いた面だけでなく意志が強く行動力があり、友達思いで子供さんをとても大切にされているという事です。

 

世の中には、子供が困っていても逃げて知らんぷりをする父親というのは、けっこういます。

 

でもその方は、きちんとお子さんと向かい合ってお子さんに寄り添われました。

 

人というのはいろんな面をもっているものです。

 

肉体が無くなって魂だけになった時、人間だった頃よりはるかに長い期間自分の思いだけで生きていくわけです。

 

肉体があれば、人としていろんな人と関わり色んなことがあり、気持ちの切り替えができますし、アドバイスももらえます。

 

でも、魂だけになった時は誰もアドバイスはくれません。

 

全て自分の想いだけで生きていくのです。

 

今から、自分で自分の想いをコントロールできていないと、悪想念を早く良い想いに切り替える力をもっていないと、自分で自分を辛い状態から抜け出すことは難しくなると思います。

 

だから、できるだけ明るく前向きで楽しい想いを維持できるようにしたいものです。

 

謙虚、礼節、敬い、愛、慈しみの心を常に意識をしたいものです。

 

 

現界の生活は来るべき永遠の霊界での生活に備えてのもの

現界での生活は何のため?

 

隈本確先生の寄せられる読者からお便りの中に、次のような内容のものが時々あります。

 

隈本確先生の本を読ませていただくと、人間界での生活わずか50年から100年そこそこ、これに対して死後の霊界での生活は、数千年数万年続くと書かれている。そして、われわれ人間は、その霊界での生活のためにこそ、現界で心・魂の清浄化をはからなければならないという。それでは、我々は霊界での生活のために、この人間界に生まれてきたのであろうか。もし、そうだとすれば、この人間界というのはなんとつまらない世界であろうか……」とこのようなお便りです。

 

ところで、こうした疑問こそが人間の心の存在、さらには霊界というものを認めない唯物的思考に思われると、隈本確先生は言っています。

 

そして、人間の心や霊界の存在を認めようとしない唯物的思考をもっと推し進めていくと、逆に、人間界でのすべての倫理・法則が崩壊し、この世の中は大混乱をきわめることになってしまうでしょう。

 

たとえば、「なにも働かないで自由に遊びたい」「自由に上手いものを飲み食いしたい」「自由に自分の気にいった家に住みたい」「自由に金を使いたい」「自由に自分を飾り立ててみたい」「自由にセックスを楽しみたい」という事になって、要するに、人間として生きている間、現世で何でもかんでも自分の思い通り自由になったら、どんなに楽しいだろうか、という思考になってくるのです。

 

もちろん、先に上げたような内容のお便りを寄せられる方の全ての人がそうだというのではありませんが、唯物的思考をずっと推し進めて、さらに極端な言い方をするとそんなふうになります。

 

わたしたちは子供の頃から、法的に定められた義務教育というもののおかげで、イヤでイヤでたまらない勉強をさせられてきました。

 

もちろん、中には勉強が好きだという子供もいますが、とにかく現在の日本人は、当人が勉強を好きか嫌いかなどという事にはいっさいかかわりなく、小学校、中学校と最低9年間は、学校に通うことが義務づけられています。

 

しかし、考えてみれば、その義務教育のおかげで日本の知的レベルは高水準に保たれていますし、何より、当人が大人になってから立派に社会人として活躍し、生活をエンジョイするための支柱ともなっているわけです。

 

映画に出てくるターザンの子供が、またオオカミ少年が急に都会にやってきたらどうなるんでしょうか。

 

あるいは、未だに科学文明とは縁ない未開社会の人達が、不意に文明年に出現させられたらどうでしょうか。

 

おそらく、一日だって自分の力で生活していくいことはできないのではないでしょう。

 

また、親は子供のために、四苦八苦しながら毎日働いています。

 

春、夏、秋、冬のそれぞれに合わせて衣食住を整え、子供の元気な成長を願いながら働いています。

 

でも、実はそれは子どもたちと過ごす日々を安全に楽しく、できる限り自由に過ごすための苦労であり、労働であるとも言えます。

 

そうしてみると、どうやらこの世の中自由を得るためには相応の不自由さを味わなければならないところのようです。

 

しかも、未来におけるより多くの自由と楽しみとを確保しようと思えば、過去および現在における多くの努力と精進が必要とされます。

 

このような現界における"自由とそれを得るために必要な不自由さ”という図式は、そのまま、現界と霊界の在り方にも適用されるのです。

 

わたしたちの将来には、必ず霊界での生活が控えていればこそ、人は全てに自由を求める心、思い通りにふるまいたい心を制覇して、魂の向上をこそはからなければならないんのす。

 

わたしたちが限界人として過ごすこの世の生活は、人間が霊界入りする前段階のつかの間のモラトリアム期間なのです。

 

そして、この時期に私達人間は、来るべき永遠の霊界での生活に備えて、十分に魂を向上させて置かなければなりません。

 

その魂の向上は、時として現界での鮮烈な苦しみを甘んじて受けることによって達成されることもあります。

 

しかし、そのようにして現界で課せられた過酷なまでの試練を乗り越えた魂は、肉体を去って霊界入りした暁には、一路、きらめく霊界の高みに向ってずんずん進で行くことでしょう。

 

今回は長くなったのでこれだけにして、いつもの私の独り言は次回にします。

 

そして、私の独り言だけになります。

 

  

 

 

 

 

 

 

低級霊界の波動にチャンネルと合わせてはいけない

雑霊現象にとらわれてはいけない

 

隈本確先生は以前から、低級霊界からもたらされるいろいろな五感知覚に映ってくる霊現象(雑霊現象)にとらわれてはいけない、と言っています。

 

霊視、霊聴、霊言などの霊現象を執拗に追い求めたり、あちこちの霊能者の元に出かけるなど、こうした霊現象に心を向けること自体、真っ暗な井戸の底で悪霊の掘り起こしをしているようなものです。

 

このような雑霊現象にとらわれているかぎり、人はいつまでたっても高級神霊世界からの波動を受けることはできません。

 

つまり、人間としての幸せをつかむことができずに、いつまでも低級霊界の波動を受け続け、低級霊の憑依に苦しみ、心身ともに痛めつけられることになってしまいます。

 

ここで、一つ重要なことがあります。

 

それは、霊障を受けないために霊媒体質にならないためには、自ら低級霊界の波動にチャンネルを合わせてはいけない、という事です。

 

低級霊界の波動にチャンネルを合わせるということは、先に述べたような雑霊現象をありがたがったり、そのような霊現象にやたらに関心を示す心の動きを言います。

 

人間のこのような心の動きは、自ら深い霊媒体質をつくっていく大きな原因のひとつとなります。

 

 

 

 

 

山上容疑者のツイッター

 

安倍元首相を散弾銃で射殺をした山上容疑者ですが、私と次男とで山上容疑者の単独犯か、それともバックに大きな闇がついているかという話をしていました。

 

話は、どちらとも言えずお互いによくわからない、という事で終わりました。

 

それから次男は、離れに住む自分の部屋に帰っていきました。

 

その後、気が付いたら次男からLineが来ていました。

 

Lineには山上容疑者のツイッターが張り付けてありました。

 

たまにそうやって次男は、見てほしいものがあるとLineに貼り付けて送ってきます。

 

そういう時は、開いてみるのですが、今回の山上容疑者のツイッターは何故か見る気が起きません。

 

未だに開けていません。

 

私は、以前にも書いたことありますが、マイナスの強いエネルギーを感じる時は、強い拒否反応が出てきます。

 

何故山上容疑者のツイッターを見ることができないかと考えると、原因は山上容疑者のツイッターから、彼の強い憎悪の感情を感じるからではないかと思います。

 

そんなに強いものでなくても、最近は霊が見えるとか、霊の声が聴こえるという動画が出ていますが、あの動画も見ることができないのです。

 

>自ら低級霊界の波動にチャンネルを合わせてはいけない、という事です。

 

と、隈本確先生もこういっているので、山上容疑者のツイッターはこのまま見ないことにします。

 

というか、山上容疑者のツイッターは、今はもう見ることができないと読んだことがあります。

"人の行”のメリットデメリット

 

 

 

"人の行”の良い面悪い面

 

これまで隈本確先生は、滝の行、おこもりの行、または毎日の読経など、つまり隈本確先生の言う"人の行”ですが、これらについて一貫して否定的な立場をとってきました。

 

それは、隈本確先生が、あくまで実在の神霊を扱う神霊治療能力者だったからです。

 

しかしながら、神霊という事を全くはずして考えた場合には、”人の行”を行う事によって得られるプラス面もまったくないわけではありません。

 

もともと体が健康な人であれば、厳冬、滝にうたれることは肝っ玉を太くしてくれるかもしれません。

 

雨の日も風の日も休むことなく叡山を回り続けるという"回峰行”などは、間違いなく健康にしてくれるでしょうし、強い精神力も培われるでしょう。

 

また、規則正しい読経や写経の習慣も、精神的落ち着きや持続力を身につけるという意味では効果大とも言えます。

 

事実、毎朝決まった時間だけ読経をするようになってから心が落ち着き、イライラがなくなったという人もいます。

 

だから、一般の人たちが、そのような人間的レベルにおいて"人の行”をすることは、実は悪い事ではありません。

 

"人の行”をすることによって強い精神を養い、魂をとりまく想念の中に気力、念が充実してくれば、心身ともに健康になれるはずです。

 

ただし、隈本確先生が言っているように、これら"人の行”を純粋に神霊学的立場から見ると、高級神霊との交流にはほどんど役にたちません。

 

しかし、それだけだったら、隈本確先生はそれほど厳しい否定的立場には立たなかったかもしれません。

 

隈本確先生が恐れているのは、"人の行”を実行している際に、ふとした心の動きに乗じて低級霊が介入してくることがあるのです。

 

というは、"人の行”をすることによって確かに好ましい結果が得られる人もあるのでしょうが、その逆に、人によっては一生を台無しにするような霊障を引き受けてしまう場合もあるのです。

 

という事を各自心にしっかりと刻み込んでおくべきでしょう。

 

まったく普通の人でも、滝行などを始めてしばらくたつと、多くの場合、気味が悪いほど予知能録や透視能力が出てくると言います。

 

そして、ほとんどの人達が、このことを喜ばしい事として受け取っています。

 

しかし、これこそ低級霊が心身に介入してきた証拠なのでであり、低級霊による憑依現象以外の何物でもないのです。

 

滝行によって、心身の状態が霊媒体質に切り替わってきているのです。

 

また、一心に読経をしているうちに、不意に耳元で霊の声が聴こえてきたとか、心ならずも体が激しく動き始めたなどという事も、実際よくあることなのです。

 

これは、読経をしている間にいつしか深いトランス状態(入神状態)に入り、低級霊界と波長の合う体質・心質に切り替わった瞬間に、低級霊がドーッと侵入してきた結果の現象です。

 

これがもっとひどくなると、一瞬にして狂人になってしまうのです。

 

 

  

 

 

高級神霊のふりをする低級霊

 

>"人の行”をすることによって確かに好ましい結果が得られる人もあるのでしょうが、その逆に、人によっては一生を台無しにするような霊障を引き受けてしまう場合もあるのです。

 

これとは少し違うかもしれませんが、低級霊の中でも自分が高級神霊のふりをする者がいます。

 

これは、私の体験談です。

 

私も自分で神霊治療をするようになってから15年くらいたってから、何となく霊のエネルギーを感じるようになっていました。

 

長男が高校生になってからのことです。

 

長男の部屋の出入り口のすぐそばに押入れがあります。

 

その押し入れの中にとても光るエネルギーを感じていました。

 

その光のエネルギーは、私が霊のエネルギーを感じる前からいたのか、感じるようになってからなのかよくわかりません。

 

その時の私は、それは高級神霊で長男を守護してくださっていると思っていました。

 

だから、毎日お礼を言っていました。

 

それから数年が過ぎて、私も高級神霊と低級霊とのエネルギーの違いが分かるようになっていました。

 

ある時ふと気が付いたのです。

 

この光り方がやけにピカピカと光って、高級神霊の厳かな光り輝く感じではないと感じました。

 

「思わず違うでしょ!」と心の中で言ってしまいました。

 

すると最初、その霊は「自分は高級神霊だ」と言い切りましたが、どう見ても輝き方に品がない感じでした。

 

言葉にどう表していいのかわかりませんが、高級神霊とは違うと思いました。

 

上のようなやり取りを何度かしていると、その霊は本性を現しました。

 

私は、この霊は長男から離れてほしいので、その霊に向って浄霊をしましたが、その霊は逃げまくるのでうまく浄霊ができなかったので、思いっきり出ていけ!!!と、追い出しました。

 

その後、しばらく長男の部屋の周囲をうろついていましたが、私が追い出しましたので、今はいません。

 

そのことがあってから、いろんな霊も必ず高いか低いかエネルギーには気を付けるようにしていますし、できるだけ自分自身に聖の親様を感じるようにしています。

 

家族にも他者浄霊をするのに気持ちをしっかりもって流すように気を付けています。

魂を強くする

霊障を受けないために

 

霊障を受けないためにはどうしたらいいのか、霊媒体質にならないためにはどうしたらいいのでしょう――。

 

それは魂の問題です。

 

私達人間にとって、霊障を受けないための一つの方法として魂の力を強める、という事があります。

 

魂こそが人間を支える中心的存在であり、生命の中心でもあります。

 

そして、この魂の力を強くし、魂の格を向上させる最高の方法としては、神霊治療以外ありません。

 

ただし、この場合の神霊治療とは、神霊治療を受けることではなく、施すことを意味しています。

 

何故なら、神霊治療を施すという事は、常に自分の体に守護神を呼び込み、その上無数の神霊と交流をもつ作業だからです。

 

神霊治療能力者の魂は、病人を治療する過程において、日々にその力を強くしていくのです。

 

そして、治療の数を重ねることに、自らの魂は高き神霊と同格の位置まで引き上げられていくのです。

 

それでは、神霊治療能力などもたないという、一般の方々はどうしたいいのでしょうか。

 

一般の方々にできる魂の力を強くするための最も効果的なことは、強い精神で困難や逆境に立ち向かいくじけないという精神を養う事です。 

 

その方法としては、スポーツがお勧めです。

 

毎日決まった時間に、必ず決まっただけの量の運動をこなすのです。

 

週に一度、あるいは月に何度かは、必ず自分で決めただけの量のジョギングをこなすのです。

 

もちろん、ジョギングがマラソンになっても、山登りになっても、あるいはテニス、ゴルフ、乗馬、剣道—―などなど、どんなスポーツになっても構いません。

 

自分に最も合っていると思われるものを選べばいいのです。

 

大切なのは、どんなに苦しくても、へこたれずに肉体の鍛錬をするという事です。

 

そのことによって、精神が大いに強化されるのです。

 

だから、同じスポーツをすると言っても、気まぐれなやり方では効果は期待できません。

 

寒いからとか、何となく気がのらないからと言っては休んだり、逆に気分が乗った時にはいつもの二倍も三倍も立て続けにするなどというのは、精神を強化するという意味では、ほとんど効果がありません。

 

スポーツをして直接肉体を強くするという事も霊媒体質を遠ざけるための重要なことではありますが、どんなに辛くても自ら立てた計画を規則にして実行していく過程において培われる魂の力には絶大なものがあるでしょう。

 

 

 

 

ある宗教団体の教え

 

街頭演説中の安倍元首相を銃撃した犯人のことが、少しづつわかってきました。

 

犯人のことを知ると、ある宗教団体の信者になったお母さんが、信仰した宗教団体に総額1億円を献金したといいます。

 

しかも1億円の内計5千万円を入会後の短期間に献金をして生活が困窮して家庭が崩壊したという事です。

 

しかもお父さんもお兄さんも自殺をした、という事でした。

 

私が、次男が頭をあまたを打つ日が続いていた時、ほとんど感ですが、おそらく霊障だろうと思っていましたが、どこに霊障を外してくれる人がいるのか全く分からず、困っていました。

 

たまたま入った本屋さんに初代会長先生の著書である「大霊界」のご本を見つけ、買って帰りました。

 

その後、「大霊界」のご本に書いてある通り自己治療法から、他者治療と必死の想いで次男に流したところ、頭を打たなくなりました。

 

あの時、うさん臭い所に行かなくて良かったと心から思います。

 

やっぱり一番心配をしたのが、お祈りをしても治らない上に多額の寄付を強要されたり、日常生活に支障が出るほど教団に奉仕をしなければならない、そういうところは嫌だと思っていました。

 

知り合いにそんなところを知っている人もいなかったのが幸いだったと言えば幸いでした。

 

知り合いの紹介でそんな所に行くと、断りづらいという事もあります。

 

あの犯人の母親だけでなく、こういう話は時々聞きます。

 

多額のしかも家庭崩壊になるほど寄付をするという信仰というのは、自分でどこかおかしいとは思わないのか、と疑問に思っていました。

 

そして、家庭が崩壊するほど信者に寄付をさせるには、どんなことを言ってそんな行動をさせるのか、知りたいと思っていました。

 

日神会の場合は、会費がとてもはっきりしていますし、寄付のお願いはあっても強要はありません。

 

今はもうテレビは見ませんが、まだテレビを見ていた頃この教団の手口を見たことがあります。

 

この教団が言うには、「お金というものは、元は神様が作ったものだから、神様にお返しをしなくてはいけません」だから、信者の家にあるお金、お金にできるものすべてをお金に変えて神様にお返しをしなくてはいけないらしいのです

 

たとえ、人のものであっても、現実の世界では人のものであってももとは神様のものだから、どんな手を使ってでもお金を神様にお返しをすることが素晴らしい事らしいです。

 

まあ、言葉は魔法とは言うけれど、こんな方法があったのかと唖然としたことを覚えています。

 

でも、お金は神様が作ったものではなくて、人間界で人間同士が生きていくのに必要だからできたものであって、神様が作ったものではありません。

 

家にも何度かその教団の信者らしき人達が来ましたが、とても人の好さそうな人達でした。

 

こういう人達が、簡単に騙されていくのか、と思うと悲しくなりました。

 

日神会の場合は、常に魂を強くするようにと言われていますし、今回の記事もこのことを言われています。

 

>私達人間にとって、霊障を受けないための一つの方法として魂の力を強める、という事があります。

 

このように、何度も何度も自分の魂の力を強くするという事を強調されています。

 

魂を強くすることによって、物事を感情に流されず正確に判断することが可能になるのではないでしょうか。

 

余談ですが、私の娘の知人にとてもカリスマ性のある人がいたそうです。

 

その人は、ある人に「君は、宗教の教祖にならないか」と誘われたそうです。

 

中には、金儲けのために教団を立ち上げる奴がいるとは聞いていましたが、人づてとは言え、そういう事を聞くと、やっぱり世の中にはいるんだな、と怖くなりました。

 

立ちあげた教団では、一応耳障りの良いことを言っておけばいいでしょうから。

 

改めて、日神会は本物だと思います。

 

わたしたちも自分の魂を強くすることを意識して、生活をしていきましょう。

潜伏性の霊障

潜伏性の霊障

 

どんなに健康で体に異常のない人でも、神霊治療を受けた人のほとんどの人が、それまで感じたことのない心身に快癒感を味わうそうです。

 

このことから思う事は、どんな健康体の人であっても、何らかの霊障は必ず背負っているのではないかという事です。

 

それを、体の不調という自覚症状として感じるか感じないかはその霊障の程度によるのでしょう。

 

その上に、霊障という事に関して、もう一つ重要なことがあります。

 

それは、潜伏性の霊障の問題です。

 

たとえば、親は全く健康なのに、その孫にお爺さんと同じ病気が現れるという事があります。

 

途中の世代をひとつ通り越して病気などなど身体的特徴が受け継がれのです。

 

いわゆる隔世遺伝です。

 

ところが、一般病理学的には隔世遺伝と言われるこの現象も、神霊学的には、これを潜伏性の霊障というのです。

 

潜伏性の霊障には、一、三、五、七、の知らせであらわれてくるものがあります。

 

そして、一定時間内その状態が続くと、後はケロッと治ってしまうのです

 

しかし、また翌日のその時刻になると、同じことが繰り返されるのです。

 

あるいは、毎年決まった時期にしばらく体の不調が続く、という事もあります。

 

このように、一の知らせの潜伏性の霊障とは、一の数字を基本として周期的に、その症状が顕在化されることを言います。

 

つまり、一日ごとに、十日ごとに、一年ごとに、十年ごとに、百年ごとに、千年ごとに、霊障が現れてくるのです。

 

                          同様に、三の知らせの潜伏性の霊障では、三日ごとに、三年ごとに、三十年ごとに、三百年ごとに、三千年ごとにその理恵生が顕在化されてきます。

 

だから、現在はどこも何ともなく、健康そのものの人であっても、三年後に、三十年後に、それまで潜んでいた霊障が時が過ぎて、活性化してくることがないとは言えません。

 

もちろん、この潜伏性の霊障も他の霊障と同様、健康面以外でも人間生活のあらゆる面にわたって作用を及ぼすのです。

 

人生途上における病気、事故、事業の倒産、死など、一見突然の悲劇のように思われるでき事の中には、実は潜在性の霊障がたま見受けられるのです。

 

 

   

 

 

安倍元首相が襲撃される

 

8日の日に、ショッキングな事件がありました。

 

安倍元首相が散弾銃で撃たれ、亡くなられました。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

私の安倍元首相の印象というと、とにかく外交がうまい方、という印象です。

 

1体1の外交しか見ない人には、安倍元首相の外交の凄さはわからないかもしれませんが、安倍元首相は大局的に見て、外交を行っていました。

 

その凄さは、「アベ政治を許さない」などと言ってた人には、わからないかもしれません。

 

例えばで言うと、安倍元首相は、よくロシアのプーチン大統領と会っていました。

 

アベ政治を許さない」と騒いでいた人達は、北方領土は帰ってこないのにまたプーチン大統領と会っている、と言っていましたが、あれは、中国へのけん制でした。

 

外交というのは、国防と表裏一体です。

 

我が国は、軍隊がなく自衛隊だけです。

 

外交というのは、駆け引きです。

 

外交をするのに、軍隊がないというのは非常に不利です。

 

足元を見られてしまいます。

 

極端な話ですが、何か国かで会談をするときに、他国は皆武器を持っているのに、わが国だけ丸腰で行っているようなものです。

 

そのような状態でも、いい意味で実に巧妙でした。

 

ある元外国特派員の人が言っていました。

 

安倍元首相が現役の時は、外国の首脳級の人達が、安倍元首相と握手をするために列をなしていたといいます。

 

安倍元首相は、日本国内より外国の方に評価されているようでした。

 

上記の記事関連に戻ります。

 

>同様に、三の知らせの潜伏性の霊障では、三日ごとに、三年ごとに、三十年ごとに、三百年ごとに、三千年ごとにその理恵生が顕在化されてきます。

 

私の経験で言うと、次男が毎日頭を打って困っていた頃にも、潜伏性の霊障と言っていいのではないかという事がありました。

 

次男は子供の頃、毎日頭を打っていましたが、三ヶ月に一度大きなケガをするのです。

 

たとえば、階段の一番上から落ちてくるとか、高窓のところに棚がありますが、そこは幼児位なら十分乗れるところです。

 

そこで長男と次男が闘いごっこをしていて、次男が後ろに下がった途端に網戸にぶつかり、網戸が外れて外に落ちてしまいました。

 

そして、落ちたところにたまたまレンガがあって、そのレンガの角に頭をぶつけて、縫うほどのケガでした。

 

今考えてみると、完全に霊障でした。