聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

行動ではなく想い

前回の続きです。

 

高橋さんが霊界で苦しんだわけ

「いま、わたくしの周りは、広い広い雲の海原です。ところどころには、きれいな草花が生えております。はるかかなたの上界には、富士山を真っ白にしたような白銀の山が見えます。いつの日かは、わたくしもあの白銀の山で霊界人として永遠の生活を送ることができるのではないかと、大きな希望に胸を膨らませております。

……先生、なぜ、わたくしは霊界で苦しんだのでしょうか。わたくしは、人間界にあるとき、なにひとつ悪いことはしていない、少なくとも、意識的に悪いことをしたことはなかった、人様にも、それほど迷惑をかけたことはなかった、そして、神に対する心は大変崇高なものをもっていたと自信を持っておりました。

しかし、霊界で、わたくしは塗炭の苦しみを味わいました。体も顔もすべて、とてつもない大木にはさまれて……、日一日とそのはさむ圧力がわたくしお体、顔に、グイグイ、グイグイと感じられて、その苦しさは、もう、何とも表現のしようもありませんでした。

今思いまするに、霊界でそのようにわたくしを苦しめたものは、わたくし自身が人間界でもっていたところの我であったのではないでしょうか。そのように思います。

このことは、人様にはわからなかったでしょう。わたくしは、顔にはあらわしませんでした。しかし、わたくしは心の中に非常な我の強さをもった、頑固な人間であったのです。たとえ顔では笑っていても、心の中では、「絶対に許せない」というような強い想いを常にもっていたのです。

この頑固さ、我というものが人一倍強かったわたくしは、霊界では、自分自身の頑固さ、我の強さという重りで足枷をされ、その結果、先ほど申しましたように、とてつもない巨木に挟まれるという苦痛をなめるというはめにとなってしまったようです。

生前に、何にも悪いことをしなかった、人様に悪い想いも与えなかった、まずは立派なことをしてきた、信仰心はしてきた……と、このように思ってきたわたくしですけれども、問題は人さまではなかったのです。神でもなかったのです。ただ、自分自身の想いが欠点であったのです。

人間界で何にも悪いことはしていない、人に迷惑をかけていない、社会的に立派なことをした、これで良しと……。

けれども、これらのことは霊界では何の役にも立たないのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

人間界で素晴らしいといわれる行いであっても、霊界ではその行いに見合った想いがなければ、通用しないということのようです。

どんなに行いが素晴らしいといわれることをしていても、心の中に良くない想いをもっていれば、霊界では決して上の方には行けないということのようです。

まだ私が若かったころ、キリスト教を信じている人が書いている記事を読んだことがあります。 

人を殺していなくても、人を殺したいと思った時点で罪だというのです。

当時は確かにそうかもしれないと思いましたが、でも、どうしても私の中にしっくりこないものがありました。

瞬間的にでもこの人を殺したいと思った時点で、罪になるとしたらその想いの罪はズーっと続くのだろうかと疑問に思いました。

その後反省をしたとしても、その罪は残るのか、反省した時点で罪は消えるのか、わたしの疑問は残ったままでした。

日神会に出会って、その疑問は解けました。

日神会では、想いを大切にします。

日神会に出会ってからの私の考えは、人を殺したいと思った時点では、その想いは地獄行きだけれど、それを反省した時点でその想いは地獄へは行かない、ということです。

 

>霊界でそのようにわたくしを苦しめたものは、わたくし自身が人間界でもっていたところの我であったのではないでしょうか。そのように思います。

 

我ですね。

我の強さというのは、けっこう厄介です。

自我というのは、自分を守るためには必要なものではありますが、強すぎると人間界にいる時でもけっこうトラブルのもとになります。

人間でいる間は表面だけ取り繕っていても、魂だけになると霊界では通用しません。

この我を捨てるのはなかなか難しいものですが、魂の向上として一生の課題にしたいものです。

 

霊界人としての向上は厳しい

前回の続きです。

 

心待ちにしていた高橋さんの霊

「この日が来ますのを、いつもいつも、心待ちにしているわたくしにござりまする。霊界に入ったら入ったで、ますます、もっともっと上の段階に行きたい、これは、神霊世界にあるところのすべての霊の想いであります。

先生と人間界にある時のつながりのおかげで、このわたくしが、このように特別のおとりはからいをいただけましたことを、ほんとうにほんとうに、霊界で心の底から底から、感謝申し上げる次第でございます。

ありがたい、ありがたいと、単純なことばであらわすことはできません。先生のお姿は、霊界からは見えないのです。大きな大きな、白い、輝く白銀、黄金の大きな大きな途方もない世界の姿がが先生のご本体様です。

先生のお体に中に入りたくとも、絶対に勝手に入ることはできないのです。ああ、わたくしの今日のこのうれしさ、どのような表現もかないますまい。

先生、わたくしは、生前人間としてあるときに、先生が何をわたくしたちにお導きくださったのか全然聞いていなかったということが、霊界に入りましてわかりました。

ただ神にすがっていきさえすればいい、人様に迷惑さえかけなければいい、そうすれば、必ず守護神様が導いて、霊界で幸せに生活をさせてくださる……と、単純な、甘い甘い考えであったのです。

霊界には、現界にいる人間の何百、何千、何万奥の霊界人がおります。その現界の人間の何千、何万倍と、数えることすらできないような多くの神霊が住む世界の中にあって、わたくしという霊は、ほんとうにほんとうに、大宇宙に散らばる星のひとかけらほどの存在価値もないのです。この無限の霊界で、霊界人としての向上を一段でもするためには、最低千年以上は苦しい苦しい修行の連続の日々を送らなければならないのです。その段階を登られる日がいつのことか、それを思いめぐらすことさえできないのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

霊界から見た隈本確先生

>先生のお姿は、霊界からは見えないのです。大きな大きな、白い、輝く白銀、黄金の大きな大きな途方もない世界の姿がが先生のご本体様です。

 

隈本確先生は、霊界からは見えない!

人間界にいるとわかりにくいことです。

 

>ただ神にすがっていきさえすればいい、人様に迷惑さえかけなければいい、そうすれば、必ず守護神様が導いて、霊界で幸せに生活をさせてくださる……と、単純な、甘い甘い考えであったのです。

 

これは、意識していないと、同じように思っている人は多いのではないでしょうか。

 

 

以前にも書いたことがありますが、外国の人から見た日本人というものに興味があり、在日外国人のYoutubeを見たり、外国に住んだことがある日本人から見た日本をテーマにしたYoutubeを見ることが多いです。

そういう人たちから見る日本を語るときに共通しているのが、治安の良さです。

日本から出たことのない私たちには、当たり前になっている治安の良さをもっと意識をした方が良いのかもしれません。

外国では、盗まれて当たり前、落としたら戻ってこない、とい話を聞くと恐ろしくなってきます。

ある在日米国人は、母親が日本の電車に小学生の子が一人で電車に乗って通学をしているのを見て、涙を流していたといいます。

また別の在日米国人が久しぶりに母国に戻ると、非常に緊張をするといいます。

常に、周囲を気にしながら外を歩かなければいけないし、何かあった時のために自分を守るものを常備しなければいけない大変さを力説していました。

この手の話は、沢山ありますが、子供を危険から守るために日本のように子どもだけで通学させることはできないといいます。

こういうことは、アメリカだけでなく世界では日本のように治安がいい方が珍しいし、うらやましいといいます。

こういう世界の状況は、霊界から見るとどんな風に見えるのでしょうか。

わたしはよく思うのですが、高い神霊の方々は、今の不安定な状況の世界をどんな風に見ておられるのでしょうか。

わたしも気になって、霊流を流すのですが、効果があるのかないのかわかりません。

縄文時代は、戦争がなかったといいます。

おそらく武器が見つからないのでしょう。

一万年から二万年もの間、戦争がない時代というのはなぜだったのでしょう。

弥生時代になって稲作が始まってから戦争が始まったといわれています。

稲作をすることで、土地を所有するようになってからということでしょうか。

興味深い話です。

わたしがあの世に行ったら、そういうことも知ることができるのでしょうか。

ぜひ知りたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖女とまで言われた女性がなぜ憑依を?

 高橋さんの生前と死後の謎

 

話の顛末としては、高橋さんの魂が霊界で浄化され、したがって篠田さんに対する憑依も解けて、まさに一件落着といったところです。

しかし、この話の中には、実はまだ大きな問題点が残されているのです。

ここでもう一度、憑依現象の苦しみにあえぐ篠田さんが、隈本確先生に対して目で語った無言の心の言葉一節を思い出したいのです。

すなわち、

あれほど清く正しい生き方を貫かれた高橋さんが、なぜ死後の霊界でこのように苦しんでおられるのか、わたくしにはわかりません。

ですが、いま、高橋さんはこうして、生前仲良くしていたわたくしに懸命憑依してきておられます」

という部分です。

生前、聖女とまで言われた行いの正しかった女性が、なぜ死後の霊界で、あれほどもまでに苦しまなければならなかったのでしょうか。

また、よりによって、最後の最後まで真心で尽してくれた友人に死後、憑依しなければならなかった理由は何でしょうか――。

この疑問にこたえるべく真相を知っているのは、今は霊界にある高橋さんの魂のみです。

では、ここで、霊界より高橋さんの魂を呼び出して(招霊して)、隈本確先生の口を使って霊言をしてもらう事にしましょう。

 

    ※以下に記す高橋さんの魂の言葉は、少々長くなりま       す  が、実際に隈本確先生が彼女の霊を招霊をし、霊言       したものの録音テープを、そのまま書いていくもので         す。

 

 

「先生、本日は、わたくしをおよびいただきまして、まことにありがとうございます。あつく御礼申し上げます。

先生のお体にお呼びただくこと、霊として、これほどの喜びと幸せ、また、向上の道はありません。今、先生のお体にあるといえども、その感激の想いを言葉にあらわすことは、とてもとても、できません。

先生のお体に招霊、お招きいただくこと、わたくしたち神霊にとって、それがどれほどの喜びであるかは、霊界人でなければ、とうてい味わうことはできないでしょう。

また、わたくしは、このことによって、なお一層高い高い神霊界で生活する座を頂戴いたしました。先生、先生、ありがとうございます。」

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

厳しい大霊界の掟

霊界に行ってしまうと、隈本確先生のような高いところにおられる魂をもった方の体中に招かれるということは、大変光栄なことなのですね。

私たち現界人は、日神会に申し込んで予約が取れれば、お金を払って神霊治療をしてもらえますが、霊界に行ってしまうとそれは魂の格が違いすぎて、近づくことすらかなわないのですね。

今は隈本確先生もう亡くなられて、それもかないませんが。

 

 

最近は、夫が子供の頃住んでいた家を長い間物置として使っていた建物と、隣に車庫がありますが、それを解体することにしました。

解体するにあたって、ものすごい量のいらないもの(今となってはゴミ)を片づけています。

片づけても片付けても減らないゴミです。

 

車庫の奥に以前から気になっていた井戸があります。

その井戸からとても嫌な感じのエネルギーを感じます。

以前も、気が付くと霊流をひいていましたが、なかなか大丈夫という感じにはなりませんでした。

今日も、その井戸に向かって超神霊エネルギーを流してみました。

すると、わたしがしばらく霊流を流していると、突然

「すみません、すみません。今までの〇〇家(我が家)の悪いことがあった、ほとんどがわたくしが原因です。申し訳ございません」

という声が、わたしの胸に聞こえてきました。

その霊は、謝り続けていましたが、わたしがもう大丈夫だからというと、上に上がっていきました。

なんだかわからないうちに、ことが終わったという感じでしたが、井戸からは嫌なエネルギーは感じなくなっていました。

これからは、嫌な出来事がなくなるのかという安心感と、今まで何度か浄霊を試みてもなかなかうまくいかなかったのが、今回は数秒で浄霊ができたので、わたしのエネルギーをひく力も上がってきているのではないかと、両方で嬉しい気持ちになりました。

篠田さん、どうもありがとう

前回の続きです。

 

みるみる変わる篠田さん

一連の施霊をしているうちにも、隈本確先生の目の前にいる篠田さんの顔はみるみる変わっていきました。

苦しげな硬い表情が、どんどん和らいでいくのでした。

そして、施霊完了と同時に、篠田さんはすっかりいつのも彼女に立ち戻り、ふくよかな優しい顔を取り戻していました。

その篠田さんの鮮やかな変化のさまには、同席していた会員一同、日ごろ施霊現場を見慣れているにもかかわらず、さすがに驚きを隠せない様子でした。

隈本確先生は、顔いっぱいに笑顔を浮かべた篠田さんに、ここで、初めて次のように言ってみました。

これが、きょう、篠田さんとかわす最初の対話でした。

「あなたは、きょうの憑依現象が誰のものであったか、わかっておられましたね」

この隈本確先生の言葉に、一瞬、表情を硬くした篠田さんでしたが、ほとんど間を置かずにきっぱりと答えました。

「高橋さんですね」

「そうです。しかし、あなたもお分かりのように、高橋さんの霊体はもう立派に浄化されて、天上界に上られました。あなたも、これまでのよしみで、高橋さんにはなむけというか、お祝いの言葉として”高橋さんの霊よ、神霊世界でどんどん向上をはかってください”と、心の中で言ってあげてください」

隈本確先生がそう言うと、篠田さんはさっそく目を閉じて、静かな祈りの境地に入っていきました。

それから、ややしばらく祈っていた篠田さんでしたが、不意に祈りを終えると、明るい声で弾むように言いました。

「先生、いま、高橋さんがわたくしに”篠田さん、どうもありがとう”と、はっきり、生前の言葉で言ってくれました!そして、高橋さんが、スーッと上の方へあがっていくのがわかりました」

こうして、篠田さんは、ここ数日間の苦しみから身も心も解放されて、彼女の想いの世界には一点のわだかまりもなくなったのでした。

ここで話がちょっと前後しますが、篠田さんの語るところによると、彼女は数日前、体が痛み、苦しみ始めたとき、瞬間的に、それが高橋さんからの霊界通信であることがわかったそうです。

そして、篠田さんの持てる限りの神霊能力を駆使して、何とか亡くなった高橋さんの魂が霊界で向上するようにと努力された、とのことでした。

 

 

  

 

篠田さんも霊能者、さすが

さすが、篠田さんも霊能者の方なのですね。

高橋さんとの会話ができますね。

そして、自分の体の痛み苦しみが、高橋さんからの霊界通信だということもわかっていらっしゃるんですね。

 

 

以前、テレビ新聞の情報に気を付けた方が良いと書いたことがあります。

もちろん、ネットの情報もですが。

今日、17年前の中川昭一氏の酩酊会見のことが、中川氏の奥さんの中川郁子(ゆうこ)さんのFacebookに投稿され、ネットで話題になっています。

この話は、おそらくテレビ新聞では報道されないでしょう。

中川郁子氏によると、中川氏は財務省と読売新聞によってはめられた記者会見だったのではないか、ということでした。

この件の投稿は、今では削除されているようです。

この件の話は、以前からネットでずいぶん出回っていました。

ネットで出回っていた情報と、中川郁子氏の投稿された内容はほぼ同じものでした。

当時、中川昭一氏の酩酊会見の様子をテレビで何度も何度も流され、ひどい大臣だと印象付けるのには十分でした。

記者会見の内容は、日本がIMFに1000億ドルの融資をするという、国際的にかなり評価をされるものだったはずですが、テレビでは呂律の回らない中川昭一氏の様子を流し、批判するばかりでした。

当時の私は、政治のことはあまりよくわからないのと、まさかテレビが偏った報道をしているとも知らず、真に受けいくら酒が好きでも、こんな時に呂律が回らないほど飲むなんて常識がなさすぎると思っていました。

ところが、実際は違っていて、ワインを一口飲んだだけだったということでした。

今にして思えば、あの会見自体がおかしいものでした。

当時の中川氏の両隣にいた偉い人達が、あれほど呂律の回らない中川氏に会見を止めさせなかったことや、中川氏の前にこれ見よがしに置いてある瓶です。

ワインの瓶に見えますが、イタリアのミネラルウオーターの瓶だったそうです。

今にして思えば、おかしいと思えることがあります。

「このハゲー」で有名になった、豊田真由子衆議院議員ですが、この人もこの暴言でひどい人という印象をもたれていますが、実はこのときは秘書が高速道路を逆走していた時のことだったといいます。

テレビは、映像で視聴者に強烈な印象をもたせることができます。

それを使えば、多くを語らなくてもそれで印象操作は簡単です。

本来、情報というのは両方の言い分を公開をすべきものです。

私たち受け手は、テレビの情報が一方的に偏っている場合は、気を付けた方が良いですね。

 

高橋さん天上界へ

前回の続きです。

 

解放された高橋さん

「篠田さん、椅子に座って。すぐに、施霊をいたしましょう」

隈本確先生は、彼女の無言の訴えには何も答えず、すぐさま施霊にとりかかりました。

椅子に座った篠田さんめがけて、いきなりパーッと九字を切って、彼女の体に憑依している高橋の霊体を、隈本確先生の体によびこみました。

そして、隈本確先生は、いまや隈本確先生の胸中にある高橋さんの霊に対して、深い心の声で語りました。

「高橋小夜子の霊よ、そなたが生前有しており、霊界までも持っていったところの痛み、苦しみ、悩みの想念のすべてを、いま、ここで消してしまえ、そして、わたしのこの体の中にあって、想いのすべてを清浄、漂白に、このうえなく美しいものとなせ!さあ、わたしの霊流をどんどんと浴びよ」

と、その瞬間、それまで黒ずんで重苦しいふうをみせていた高橋さんの霊体が、全身、白く輝く霊体となって、はっきりと隈本確先生の胸中で変身を遂げました。

不意に、まばゆい光の中に解放された高橋さんの浄化された霊体は、いまにも踊りだしそうに軽やかでした。

隈本確先生は、再び、静かに霊界語で言いました。

「これで、そなたは立派に浄化された。安心して、高級神霊世界においてのますますの向上をはかるようにいたせ。その前に、今一度、ここでわたしの本尊より十二分に力を頂戴していくようにいたせ」

輝かしく降り注ぐ霊流をいっぱいに浴びて、喜びに打ち震えながら、深く深く頭を垂れる高橋さんの霊体です。

それは、もはや白銀色に輝く天神そのものでした。

隈本確先生は、隈本確先生の胸中で頭をたれる輝く高橋さんの霊体を、力いっぱいの九字にのせて、天上界へと送ってあげたのでした。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

浄化の早い高橋さん

もともとは、日神会で高い神霊治療能力をもった高橋さんです。

隈本確先生からの霊流をいただくと早いですね。

良かったです。

 

 

わたしは若いころから、気持ちの切り替えが下手で、辛いことや苦しいこと嫌なことがあると、前向きになるのに日にちがかかりました。

今でも、大きなトラブルがあると平常心を取り戻すのに3日くらいかかります。

年をとった今は、あまりトラブルというのはありませんが、最近は出かける用事ができて月一くらいに電車とバスを使って出かけます。

普段は、家と仕事場と畑の3か所をまわっている感じで、ほとんど人と会うこともなく、会っても知っている人ばかりです。

ところが、電車やバスなど普段ほとんど乗らないものに乗り、周囲に知らない人だらけのところへ行くというのは、緊張するだけでなく、知らない人のエネルギーも受けているのでしょうか。

帰ってくると大変疲れます。

何をする気にいもなれず、ボーッとタブレットで好きなYoutubeを見ています。

それを長い間気がすむまで見て、それからどっこいしょという感じで、動き出す感じです。

そんな日に霊流をいただいても、流れてくるエネルギーが弱い気がしています。

そこで最近気が付いたのですが、以前に隈本確先生が「我最高の神なり」と言うと良いということを言われていたことを思い出しました。

それと、親指を中に入れるグーをすることを思い出しました。

最近は、それをやってみると良い気がします。

気持ちの切り替えも以前より早くなった気がするし、霊流をひいている時のエネルギーも変わらなくなった気がします。

こういう場合は、強制浄霊が一番早くて良いんですよね。

強制浄霊ではなくて、今は名称が変わったんでしたね。

刹那何とかでした。

無言のやり取り

前回の続きです。

 

黒子の装束は高橋さん

——やはり、そういうことだったのか!

隈本確先生は、篠田さんの今回の苦しみの原因が瞬間的に見てとれました。

その黒子の装束に身をかためた女性とは、亡くなった高橋さんその人だったのです。

すると、その時、苦しみにあえぐ篠田さんが静かに顔をこちらに向けると、ジーッと隈本確先生の顔を見返してきました。

訴えるようなその篠田さんの目が、無言の心の言葉を発しています。

「先生、すみません。わたくしは、かねがねの先生のお導きと戒めのお言葉を実行することができませずに、高橋さんに対して、あまりにも深く深く思いの橋をかけすぎてしまいました。

生前、あれほど清く正しい生き方を貫かれた高橋さんが、なぜ死後の霊界でこのように苦しんでおられるのか、わたくしにはわかりません。ですが、今、高橋さんはこうして、生前仲良くしていたわたくしに懸命に憑依してきておられます。

わたくしは、霊界で苦しむ高橋さんを何とか救済してさし上げようと全力を尽くしてみましたが、それもかなわず、ただいま先生がご覧のとおりにございます。高橋さんは、こうして霊界での苦しみを続行されて、わたくしに憑依しておられます。

先生、どうか霊界で苦しんでおられる高橋さんをお助けください。そして、わたくしの、この憑依現象による苦しみをもお助けください。お願いします」

この間、わずか数秒間です

隈本確先生は、この篠田さんの無言の訴えを聞いて、彼女に対して、なぜ、わたしのかねがねの導きの言葉を実行しなかったのか、というような気持にはさらさらなりませんでした。

篠田さんは、人間としてまことにりっぱな発露を、その行動にあらわしたわけであり、ほめられようとも、決して非難されるべき筋のことではありませんでした。

しかし、神霊科学の面から言えば、篠田さんは、自分を苦しめ、さらには自分の命を落とすかもしれない危険をおかしてしまった、ということになります。

ここに、慈悲心とか同情心という人間のもっとも美しいとされる心のあり方と、神霊世界の現実との間に広がる大きなくいちがいを感じないわけにはいきません。

まことに、深く悲しむことであります。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

わかっていた篠田さん

この話の内容の前に、隈本確先生と篠田さんとの無言のやり取りは、テレパシーでの会話ですよね。

数秒でのやりとりですが、そちらの方に私は感動をしています。

おそらく肉体がなくなれば、こういうことが普通に行われるのでしょうが、肉体があるうちにこういうことが行える、って凄いことですね。

 

>わたくしは、かねがねの先生のお導きと戒めのお言葉を実行することができませずに、高橋さんに対して、あまりにも深く深く思いの橋をかけすぎてしまいました。

 

篠田さん、わかっていたのですね。

わかっていたけれど、目の前で苦しんでいる高橋さんをほおっておけなかったのですね。

 

>霊界で苦しむ高橋さんを何とか救済してさし上げようと全力を尽くしてみましたが、それもかなわず、ただいま先生がご覧のとおりにございます。

 

篠田さんの神霊治療の力でも救済できなかったということですね。

けっこう強いのですね。

 

>神霊科学の面から言えば、篠田さんは、自分を苦しめ、さらには自分の命を落とすかもしれない危険をおかしてしまった、ということになります。

 

大霊界というのは、あくまで一人ひとりの人間、という考え方なのかな、と考えました。

あっているのかどうかわかりませんが、一人ひとりが自分のことを責任をもって生きる、慈悲心とか同情心というのは限度を超えると、依存ということになりかねないからでしょうか。

依存というのは、人間の独立する心を妨げるからかな……と考えてみました。

 

 

隈本確先生の忠告はどこに

前回の続きです。

 

篠田さん頑張った結果・・・

こうした隈本確先生の忠告を、いつも深くうなずいて、素直に受け入れる篠田さんでありましたが、困っている人や気の毒な人を見かけると、ついつい自己を打ち捨てて、想いのすべてを傾けて尽しきっていしまう篠田さんでした。

そんな篠田さんが、日本神霊学研究会の中でも特に親しくしていたのが高橋小夜子さんでした。

高橋さんは篠田さん同様、高い神霊能力をもち、そのうえに、すぐれた霊視能力を持っていました。

人間的には非常にまじめで潔癖、すべての点で信頼に足る人物でした。

周囲の人たちからは、「聖女のような人」と評されて、尊敬を集めていた高橋さんでした。

ところが、不幸なことに、その高橋さんが細菌性の不治の病に倒れてしまいました。

なんとしたことでしょうか、自らも高い神霊治療能力を持つ高橋さんが、死の床についてしまったのです。

人一倍同情心が深く、しかも日ごろから高橋さんと仲の良かった篠田さんが、なりふりかまわず高橋さんの看病に明け暮れたことは言うまでもありません。

買い物や食事の世話をはじめとして、文字通りの献身的な看病が死の直前まで続けられました。

そして、亡くなった後は後で、深い悲しみのうちにも、葬式、その他の世話に奔走した篠田さんでした。

さて、高橋さんの葬儀がすんで、しばらくしてからのことでした。

ある日、隈本確先生の神霊治療の道場に、篠田さんがやってきました。

ところが、その篠田さんの様子たるや、まったく尋常でははありませんでした。

苦しそうにゆがめられた暗く沈んだ顔、荒い呼吸、まさに座っているのがやっとといった状態でした。

篠田さんは、隈本確先生の前でじっとうずくまるようにして、一言もものを言いません。

隈本確先生も、彼女に対して、一言の言葉も発しません。

ただ、隈本確先生は苦しみにあえぐ篠田さんの全体像をジーッと見ました。

深く、静かに霊眼を凝らして、見ました。

と、見えました。

篠田さんに覆いかぶさるようにしてうずくまる、黒子の装束に身をかためた寂しそうな女性の影が、黒ずんだ顔を両手でおおうそのしぐさがゾッとするほど陰うつで、重苦しいのです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

篠田さん、憑依されてしまう

篠田さん、憑依霊に憑依されてしまいました。

隈本確先生の忠告を忘れていたのか、わかっていても、目の前に辛く苦しんで困っている高橋さんを、ほおっておけなかったのでしょうか。

 

私の世代は、自虐史観真っただ中でした。

見るもの聞くもののほとんどが、日本はダメだ、外国は良い、わたしも見事に洗脳されていました。

最近は、実際に海外で暮らしていて日本に戻ってきた人や、海外から日本に来た人が、自国との違いをyoutubeで発信したりしていることが多くなりました。

そういうものを観ていると、今まで聞いていた日本はダメだ、日本人はダメだという言葉とは真逆のことを聞いたり観たりします。

一番ショックだったのが、自動販売機の話です。

日本には、すごい数の販売機があります。

人通りのないところですら、ポツンと自動販売機が立っているのを見かけることがあります。

その自動販売機のことで自虐史観を力説していた人が言うには、欧米に自動販売機がないのは、自動販売機は景観が悪くなるからだという記事を読んだことがあります。

ところが、最近知ったのですが、外国の人たちは自動販売機は便利だから欲しい、と思っているということでした。

しかも、日本の自動販売機は同じ販売機の中に暖かい飲み物と冷たい飲み物とが一緒に売っているのが、うらやましいということでした。

海外ではなぜ自動販売機が少ないかというと、壊されて自動販売機の中の現金を盗まれるというものでした。

それを知った時は「なんだ、そりゃ」と思いました。

私は、比較的日本に住んでいる外国人の、日本観とか日本人観が好きでよくyoutubeで観ます。

他には、帰国子女とイタリア系アメリカ人と結婚をして、子供達3人と日本に住んでいる日本人(アメリカ人夫はアメリカにいる)のyoutubeをよく観ます。

彼らが、言っていることの方が真実に聞こえます。

彼ら全員が同じことを言っていることがあります。

どの国にもいいところもあり、悪いところもあるけれど、日本はとても良い国だということでした。

安全で清潔で、人々は優しいということでした。

最近は、そういう影響もあり、わたしは自分の国に誇りを持てるようになり、自虐史観を完全に卒業できています。

その経験でもう一つ学んだことがあります。

マスコミの情報というのは、真実ではないということです。

マスコミの情報には、意図することがあるのでうのみにしてはいけない、ということです。

そのことに気が付いてから、テレビ新聞がとてもつまらないものに見えてきてみなくなりました。

よくSNSは危ないといわれますが、確かに危ない面もありますが、SNSの方がいろんな面から見た情報が流れてきており、自分で考えることができます。

我が国のテレビ新聞の恐ろしさは、テレビ新聞の会社がいくつもあっても、どの会社の情報も同じ面からしか流れてこないので、多面から見ることができないということです。

しかも、公平で真実を流していると言っておきながら、一定方向からしかの情報しか流れてこないということです。

 

これから数か月間は、忙しい日が続きますので、もしかしたら週一の更新ができないことがあるかもしれません。

もちろん頑張るつもりですが、できなかったら忙しいんだな、と思ってください。