聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

意外な龍神の正体

龍神の正体

潜在意識帯から発生してくる妄想霊査において、しばしば龍神について語られるようですが、ここで少々説明をしたいと思います。

いわゆる霊視能力者で、龍神を見たという人は多いし、また、霊能力者から「あなたの守護神は龍神だ」と言われたという人も多いのです。

しかし、この龍と言われるもの、中国大陸から朝鮮半島を経て我が国にやって来た架空の動物であります

隈本確先生は、以前に龍神の社があると聞くと、必ず出かけて行っては霊的調査をしました。

それらの社の中には、実際に霊魂の鎮まっているものあれば、全く空のものもありました。

では、実際に霊魂が鎮まっていた社の場合、その正体は、果たして龍神だったのでしょうか――。

隈本確先生が、そこに鎮まるとされる「八大龍王」なる神霊に問いかけてみたところ、そのほとんどが紀元1200年ころから1500年頃にかけて、現在の朝鮮半島から渡来してきた陶工、または、履物の技術者の霊魂でした。

招霊中、自分は高麗、または朝鮮(李朝)渡来の技術者であったという事を、はっきりと隈本確先生に告げてきたのです。

その昔、はるばる外国から我が国にやってきて、いろいろの技術を伝えてくれた異国の人々を、その没後、神として祀ったものが、多くの龍神の社というわけでした。

また、隈本確先生が龍神の社で招霊を行った場合、自分は龍神であると名のった霊魂も確かにありました。

しかし、その場合でも、よくよく深い霊視をしてみると、それが単なる人霊であることが知れるのでした。

その人霊の想念自体に、生前の龍神信仰の記憶がこびりついているのです。

だいたい、私達日本人の意識の中には、龍の絵を初めとして、大日如来弥勒菩薩など様々の仏たちの姿が、すでに焼き付いてしまっているのです。

子供の頃絵本で見た龍の姿が、あるいは美術館、博物館で見た仏像の姿が、潜在意識帯の即深くに刻み込まれてしまっているのです。

密教の儀式のひとつである護摩焚きでは、その炎の中でしばしば龍神大日如来などが出現すると言われています。

しかし、それなどにしても、やはり人間の潜在意識の所産であるとというのが正確なところではないでしょうか。

大きく燃えさかる炎が横にたなびくさまを「龍神である」と言われてみれば、確かに、それらしく見えてきます。

高く立ちのぼる炎を「大日如来である」と言われてみれば、いかにも大日如来らしく見えてきます。

というのも、見ている側の人間が、それぞれ自分の意識の中に記憶されている龍の絵や大日尿来の像を燃え盛る炎にだぶらせて見ているからです。

これを、龍の絵や仏像になじみのないイギリス人やアメリカ人に見せたら、果たしてどうでしょう。

いくら龍神だとか大日如来だとか言っても、まったくちんぷんかんぷんなのではないでしょうか。

結論を言ってしまえば、火炎の中から現れるという龍神にしても大日如来にしても、そのほとんどは暗示と催眠的意識とがないまぜになったものなのです。

 

 

 

 

思い込みはこっそり入って来る

>はるばる外国から我が国にやってきて、いろいろの技術を伝えてくれた異国の人々を、その没後、神として祀ったものが、多くの龍神の社というわけでした。

 

少し前まで私は、神話の動画を見るのが、マイブームになっていました。その神話には、龍神の話が時々出てきました。

見ている最中は面白くて見ていたのですが、内容のほとんどはもう忘れてしまいました。

それにしても、龍神の正体は渡来人だとは意外でした。

 

>見ている側の人間が、それぞれ自分の意識の中に記憶されている龍の絵や大日尿来の像を燃え盛る炎にだぶらせて見ているからです。

 

私が、霊査と言われるものをこっそりやるときに気を付けたいと思うのが、こういう思い込みです。

 

気を付けていないと、思い込みは本人も気がつかないうちに入り込んできて、真実を捻じ曲げてしまいます。

でも、自分で霊査をしても人に言うことは最低限にしています。