聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

時代によって価値観が変わる

不倫の話 

 

今回は念の話をするつもりでしたが、急遽変更することにしました。

念の話は、次回にしたいと思います。

このブログの記事の最初の記事は不倫の話でした。

その記事にコメントいただきました。

高木さんはご主人が謝って丸く納まったけれど、修羅場になる夫婦と修羅場にならない夫婦の違いは何だろう、というものです。

 

この話に入る前に、少し私の考えを書きたいと思います。

ブログを再開するときは、理想ばかりでなく現実の生活に沿ったものにしたいと思っていました。

それとブログを再開するときは、この不倫の話から始めようと思っていました。

 

ところがいざ始めようと思うと、この高木さんの不倫の話は、正直理想的過ぎて現実にこんなことをできる人は少ないだろうと思いました。

自分の今までを反省して、ご主人に対してしっかりと向き合い、心を込めて接するということまでは多くの人がしようと思うし、実行に移す人もいると思います。

でも、ご主人の不倫相手のところまで行って、ご主人の着替えやその他諸々をもって「主人をよろしくお願いします」と挨拶に行く人は、相当少ないでしょう。

 

そんなわけで私は、いざ記事を書こうとパソコンの前に座ったのですが、書けなくなってしまいました。

実を言いますと、そんな状態で一年以上過ぎてしまったのです。

どう書いたらいいか、考えに考えたあげく、書いたのは客観的に見ると無難な内容になってしまいました。

 

自分でもどう書いていいか迷った挙句、自分の中で出した結論は、今回の高木さんの話で隈本確先生がいいたかったことは、神の心を持つことです。

それなら、そのまますべてを受け入れたほうがいいか、と思いあのような記事になりました。

でも自分の中では、あまり納得していませんでした。

 

最初の内容から初心の想いが、ずれてしまいました。

ただこれからこのブログを書き続けていけば、この件に触れる時が来るかもしれないので、その時に私の気持ちをかけたら書こうと思っていました。

こんなに早く書ける時が来るとは、思っていませんでした。

ありがとうございます、感謝いたします。

 

 

     f:id:shiroppemaroni:20210406150606p:plainf:id:shiroppemaroni:20210406150606p:plain

 

 

改めて考える

 

今改めて高木さんのご主人の不倫の話を、考え直してみました。

ふと思ったのが、私が長い間迷っていたのは、ご主人の不倫相手に会いに行って「主人をよろしくお願いします」という高木さんの行動なのですが、この行動は今の時代では受け入れられるかどうか、という事だという事に気がつきました。

たぶんですが、今の若い人がこのお話を読むと違和感があるかもしれないと思いました。

 

ご主人の不倫相手の所に行って「主人をよろしくお願いします」とまでするという事は、今の時代、考えようによっては危険かもしれません。 

隈本確先生の時代や私の若い頃なら、たぶん美談になったと思います。

当時は妻が夫に尽くす、という事は良妻ということになっていましたから。

 

さて、質問の不倫が修羅場になる夫婦と修羅場にならない夫婦の違い、という事ですが、これは私の個人的な考えですが、高木さんの場合で言うと、高木さんが神の心でご主人に向かい合って努力の結果でもありますが、ご主人もご主人の不倫相手も高木さんの行動を受け止めるだけの良識を持っていた人達だったから、修羅場にならずうまくいったのではないかと思っています。

 

よくいろんな宗教で言われていることですが、本人が努力をすればすべてが解決すると言うことがありますが、本人の努力で周囲の人たちが変わることがよくあります。

でも残念ながら、本人の努力でどうにもならないこともあります。

 

高木さんの例で言うと、高木さんが神の心でご主人やご主人の不倫相手に接したとしても、ご主人の心に響かないことも残念ながらあると思います。

 現実には、ご主人の不倫相手が高木さんの人の好さに付け込んで、ご主人を完全に自分のものにする可能性もあります。

そうなると修羅場になる可能性があると思います。

 

神の心でご主人に接したとしてもご主人の心に響かなかったり、ご主人の不倫相手がそのままご主人を奪っていくことも考えられますが、その時は聖の親様に解決のお力やお知恵をいただくことによって前を向くことができるのではないかと考えます。

 

隈本確先生の見たところ、高木さんという人には高級な先祖霊の方々がついているという事でした。

その高級な先祖霊か、高木さんの魂の親様かわかりませんが、きっと解決へのお知恵とお力をくださることでしょう。

 

私が聖の親様から、または聖なる御霊親様からエネルギーをいただくことだけでなく、日ごろから自分の魂の向上を自ら意識するという事の大切さを言うのは、こういうことだと思っています。

 

 凡人なのでうまく説明ができませんが、魂の格が上がることで日常生活がスムーズになるという事もあるでしょうが、それだけでなく自分の魂の親様が自分の中で力を付けて大きくなれる器づくりも大切なのではないかと思っています。

 

修羅場にならない夫婦は、お互いに良識を持っている夫婦は修羅場にならないと思いますが、修羅場になる夫婦は、片方が良識があってももう片方が良識がないと、修羅場になる可能性があると思います。

 

以上が私の考えですが、また違う意見がありましたら、ご意見をください。