仁王様のようになった少女
前回の続きです。
私は、何がなんだかわけがわからず一瞬唖然として立ち尽くしていましたが、そのうち娘は、自分の髪の毛を全部引き抜くのではないかと思われるほどの勢いで髪をむしってみたり、壁に頭を打つ続け始めました。
両手は指先に至るまで物凄い力をみなぎらせ、足を踏ん張り、憤然とそっくり返っては、こちらをにらみつけたりしました。
その姿はとても女の子とは思えない、まるで、お寺の門前にいるあの仁王様そっくりでした。
私は、驚愕と恐怖に震えながら、ようやく我に返って叫びました。
「鈴恵、どうしたの!鈴恵、何するの!鈴恵!鈴恵!」
辺りにはコップや花瓶が割れ散らかっていて、あちこちにガラスの破片などもあったのですが、その時の私には、そんなもの問題になりませんでした。
私は、狂気じみて暴れまわっている娘を抱きしめるようにすると、とにかく、娘の異常な行動を止めにかかりました。
ところが、どうでしょう。
娘は御覧の通り、痩せて小柄ですのに、抱きかかえようとする私を、ものすごい力で振り払い、ベッドの上にドーッ突き飛ばしたのです。
その時の娘のやりようは、人間業とは思えませんでした。
娘はなおも仁王立ちになって、突き飛ばされて仰向けに倒れている私を、恐ろしいまなざしで上からにらみつけているのです。
「お父さん、お父さーん、来てちょうだい」
わたしが、やっとの思いで悲鳴に近い声を出すと、何事かと驚いた主人が娘の部屋に飛んできました。
そして、大乱闘の後の床に散らかっている部屋で、目をらんらんと光らせて立ち尽つくす娘と、倒れたままで胸を大きく波立たせ荒い呼吸をしている私の椅子に、主人も一瞬、息をのんだようでした。
「鈴恵、どうしたんだっ!!母さん、何があったんだ!!」
この主人の言葉にも、気が転倒した私は何と答えて良いのかわかりませんでした。
「お父さん、お父さん、鈴恵が!鈴恵が……」やっとの思いで添えだけ言った私は、娘を指さして、ただワナワナ、ワナワナ震えるばかりでした。
娘は、相変わらず恐ろしい形相で、そんなわたしに今にも飛び掛かってきそうなようすです。
「鈴恵、やめなさい!!」今度は主人が娘にとびかかり、羽交い絞めにして、娘を鎮めようとしました。
ところが、なんと、娘は主人をも突き飛ばして、イヤというほど壁にたたきつけてしまったのです。
この娘の異常な行動に、主人も床に仰向けに倒れながら、あっけにとられたような顔をしていました。
そうして、何か信じられないものを見るような目つきで、ただ、娘を見ているのです。
「お父さん、早く、早く」
ようやく起き上がった私は、そういって主人をせかすと、今度は主人と私の二人で娘に襲い掛かるようにして、取り押さえたのです。
けれども、体重70キロ余りの主人と47~8キロはある私の二人で押さえつけても、狂乱状態でじたばたともがき暴れる娘を鎮めることはむずかしい事でした。
娘の体重はと言えば、40キロにも満たないのです。
「鈴恵、鈴恵、鈴恵!!」
私たち夫婦は必死になって娘の上にのしかかり、娘を鎮めよう、と取り押さえようとして、狭い部屋の床の上で、メチャクチャにもみ合っていました。
次回に続きます。
ブーメラン
確先生は、人は亡くなる瞬間の想いが、その想いにあった世界に行くと言われています。
その言葉は、何度も何度も繰り返し言われています。
私は最近、その言葉は生きている人間界でも同じことが言えるのではないかと思っています。
私も還暦が過ぎてだいぶたちますが、最近近所の私と同じくらいの年齢の奥さんと話す機会がありました。
その人はSさんと言います。
Sさんは、うちの長男と次男と同い年の子供さんがいますので知っていますが、とても親しいというほどではありません。
でも最近は、私が庭で仕事をしていると、Sさんが散歩の途中に声をかけて話をしていくようになりました。
話していくとかなり長く、ほとんどが愚痴です。
Sさんが言うには、「家族が冷たい」とか「家族がきつい」「自分は姉妹3人だけれど、仲が悪い」とか言うのですが、どれもすべて自分が被害者で、自分以外の人が悪いことになっています。
正直、私もSさんの子供さんへの対応を知っているので、本人にはとても言えないのですが、家族がそうなるのもわからないでもない、と思っています。
私から見たSさんは、子供をかわいがっているのがよくわかるのですが、過干渉気味で自分の想い通りにしないと気がすまないという感じがしました。
たぶんSさんにとっては当たり前だったのでしょうが、長年の間にSさんの言動が、Sさんに跳ね返ってきているように思います。
確先生がよく家族であっても、謙虚礼節愛慈しみの心を常に持つように、と言われていることがよくわかります。
こんなことを書いている私も、自分でも意識しないうちに人を傷つけているかもしれないので、気を付けたいと思います。