高級神霊の霊流奉持者になろう
多くの宗教従事者、神霊従事者は、未だに低級霊のみを対象として、やれ地縛霊だ、浮遊霊だと言っては、霊的怪奇現象に振り回されているようです。
宗教従事者や、神霊能力者、神霊研究家と言われる人たちは、ある意味では社会の指導的立場に立っているわけですが、これらの人達が低級霊、悪霊ばかりを対象として、その供養に明け暮れているという事は困ったことです。
霊的怪奇現象の研究、あるいは低級霊対象の加持祈祷、その他のまつり事と、いったい、いつまで低級霊、悪霊の研究、また、それらに対するゴマすりごとを行うのでしょうか。
まったくもって、地獄の世界の奉持者と言うべきです。
わたしたちは、現在、一般に行われている先祖供養やその他の宗教的儀式のほとんどが低級霊を対象とした事象であることに、目を向けなければなりません。
そして、悪い事象、低い事象に対する、いわば対症療法のみに専念し続けている現在の多くの宗教従事者のあり方を、ここで大きく転換しなければなりません。
わたしたちは、低級霊の波動の模索ではなく、高級霊界の波動の模索こそしなければなりません。
そうでなければ、いつまでたっても、人類のうえに真の幸福はもたらされないでしょう。
そうは言っても隈本確先生の若い頃は、低級霊、悪霊を対象とした地獄の世界の奉持者でした。
そして、それだからこそ、隈本確先生は、低級霊を対象としたあらゆる宗教的行為があまり意味を持たないばかりか、かえって一般の人達に対しては害になる、ということをよく知っているのです。
現在、ほとんどの加持祈祷師や行者、神霊能力者は、病気治療の依頼人に対して、悪霊、低級霊を除くためのみしか施していません。
そして、霊視と称して、依頼人に対して低級霊のありさまをあれこれ聞かせるものだから、一般の霊について何も知らない人々までもが、いつの間にか悪霊、低級霊ばかりに大きな関心をもった地獄の奉持者となってしまうのです。
わたしたちは、一日も早く高級神霊との交流をはかり、超神霊たる存在の霊流を心身にいっぱいあびることによって、自分自身はもとより、家族も、そして自分に関与する浮かばれない先祖霊の全てが救済されていくことになるのです。
隈本確先生がいつも言っているように、人間は魂こそが主であり、肉体は従であります。
そして、その肉体とは、つかの間の現界生活における着物のような存在であります。
わたしたちは、死後霊界の住人となれば、肉体という名の着物を脱ぎ捨てて、魂だけとなって永遠の生活を始めるでしょう。
ところで、私達人間の本体である魂というものは、死後の霊界生活に備えて、生前から浄化されるべきであり、人は自ら自己の魂を磨く努力を怠ってはならないはずです。
そして、その最高の方法が、自己の魂を想いの世界で高き神霊に直結させることなのです。
そのためには、わたしたちの心(魂)が低級霊や低級霊の現象にとらわれないように、常に心の管理ということが必要になってきます。
わたしたちの魂の波長が、高級神霊にピッタリと合ったとき、私達は肉体をもちながらにして高級神霊の霊流奉持者となるでしょう。
霊流奉持者とは、高級神霊から輝くばかりの霊流を受けると同時に、自らも周囲に浄き霊流を流し続ける存在であります。
したがって、霊流奉持者たる人物は自分自身が救われるだけでなく、周囲にいる無数の低級霊も救うことになるのです。
常に高級神霊のエネルギーをいただく
>ほとんどの加持祈祷師や行者、神霊能力者は、病気治療の依頼人に対して、悪霊、低級霊を除くためのみしか施していません。
確かにそうですね。
一般には悪霊、低級霊を除くためだけで、たぶん、それが当たり前です。
悪霊、低級霊を覗いてもらえれば十分だと思っているのでしょう。
>霊視と称して、依頼人に対して低級霊のありさまをあれこれ聞かせるものだから、一般の霊について何も知らない人々までもが、いつの間にか悪霊、低級霊ばかりに大きな関心をもった地獄の奉持者となってしまうのです。
これもテレビやネットの動画では、ずいぶん沢山あるようです。
私は今ではテレビを見ていないので、今はわかりませんが、私が見ていた頃はありました。
ネットではこの手の動画は沢山あるようです。
私は、こういうのを見ていると気持ちが悪くなるので、見ることができないのでほとんど見ません。
>最高の方法が、自己の魂を想いの世界で高き神霊に直結させることなのです。
そうなんですよね、人間世界に生きていて、常に高級神霊に直結していることは難しいですが、気がついたら即聖の親様を描くようにしていると、神霊治療をするときも聖の親様からのエネルギーが引きやすいですし、強くひける気がします。