聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

蒸発した夫と妻の場合

蒸発夫と妻

今度は、蒸発夫、蒸発妻について考えてみましょう。

まず蒸発夫ですが、一家の主であるべき夫が突然家庭を捨てて蒸発をしてしまうような場合、多くは、その夫が人生の落後者と言えます。

いわゆるドヤ街とか歓楽街の裏通りなどに集まってくる浮浪者風の人達の中には、自ら煩わしい社会生活、家庭生活を捨てて、誰にも煩わされることなく、一人心のままに人生を楽しむためにやって来たという人もいます。

しかし、そのほとんどは、人生の落後者、一家の主人としての落後者なのです。

こうした浮浪者たちを年齢的に見ると、二十歳以下の男性というのはほとんど見当たりません。

という事は、彼らのほとんどが、夫として家庭生活の体験者、社会人としての職業の体験者、つまり人生の体験者という事です。

これら浮浪者、蒸発者の中には、その遠因が霊の憑依であったという人もあり得ますが、いずれにしても、現代社会のひずみが生み出した人生の落後者が多いようです。

次に蒸発妻についてでありますが、こちらは、男性の場合とはかなり様子が違っているように見受けられます。

蒸発妻の多くは夫婦生活の破綻、家庭生活の破綻ということから、新天地を求めたいという発想で、ある日突然家を飛び出してしまうのです。

この場合、家庭生活の破綻には往々にして姑や舅、さらには小姑(小舅)などが絡んでいることが多いのです。

しかし、いずれにしても、半数以上の蒸発妻の裏には男性がいるものです。

それまで経済的逼迫を余儀なくされていた妻が、たまたまどこかで知り合った経済力豊かな男性との浮気に走り、さらには夫や家庭を捨ててしまうという事は先程も書きましたが、不意に蒸発してしまう妻の中には、このようなケースも少なくありません。

又蒸発妻の場合、霊障が原因していることもありますが、家庭生活の破綻、経済事情、それに加えて、男と女の愛の行為の問題がその原因となっていることもあります。

先程もちょっと触れたことでありますが、男と女の愛の行為とは己の有する生命力の全てを相手に与える、また、相手の有する生命力の全てを自分に吸収するこのことによって完全なる一致、成就を見るものであります。

ところが、現在までの夫との間にはそのような愛の行為の一致がなかった、そんなとき、たまたま愛の行為が目もくらむばかりの一致する男性があらわれたとします。

一家庭の主婦である一人の女性が、妻という座をかなぐり捨てて蒸発までにおよんでしまう事の裏には、このようなこともあるのです。

ここで神霊能力者としての隈本確先生が言いたいことは、このような人間界サイドの問題を、くれぐれも霊の問題と混同しないで欲しいのです。

これらは、憑依現象とは全く区別をして、人間本能の問題として深く洞察していかなければならない問題です。

何度も言うように、浮気とか夫、妻の蒸発と一口に言ってもただいま説明してきた通り、非常に複数多様なことがらであります。

それを、何もかも神霊能力者たる隈本確先生にすがりさえれば何とかなるのではなかろうか、という考えで隈本確先生に相談を持ち掛けてくる方が多いのですが、隈本確先生にとっては、はなはだ頭の痛い事であります。

 

 

 

 

 

私の説明不足

前回の樹木希林さんの話ですが、私の説明不足でただの世間話と言われてしまいました。

わたしとしては、樹木希林さんが生きていくだけでも大変な芸能界にいて、さらに自分に対しての重しとして内田裕也さんを選んだという事を、自分の魂の向上を目指していたのではないかということを言いたかったのです。

昔いましたよね、三日月に向って「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」といった武将が、それに重なって見えました。

こういうことが、魂の向上に繫がっるのか、魂の向上まではいかなくても魂を強く美しくしてくれるのではないかと考えています。

今の人に言わせると、どんだけSなんだと言われそうですが……

私は小心者ですので、樹木希林さんのように、または「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に願った山中鹿之助のように自分から苦労を求める勇気はありませんが、与えられた苦労は精いっぱい神の心を求めながら生きていきたいと考えています。