聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

何でも話し合える家庭環境ならば非行問題も減る

親がつくった魔界は子どもをも魔界に引きずり込む

前回の園田さん母娘を見送りながら、隈本確先生は、つくづく思いました。

親が自己の想念管理を忘れて心に魔界を作り出せば、本来は命に代えても惜しくないというほどにかわいい我が子であるのに、その子供までをも無意識のうちに魔界に引きずり込んでしまうという、この事実を――。

霊界ばかりに、霊の住処があるのではありません。

生き続けていく、この現実のただなかで、人は己の想念に見合った霊界をつくり、様々な霊と交流をもつことになるのです。

表面はとても立派な人間生活をしていながら、その実、心の中に魔界を作り出したり、生きながら自分自身が魔界の住人である夜叉、魔界へと変貌していってしまうことすらあります。

現在、青少年の非行問題が社会的にクローズアップされていますが、それら非行の芽の何割かは、彼らの家庭生活を支配している大人たちの心の世界にあるのではないでしょうか、というのも、魔界的な不安定な心理状態の親に育てられた子供たちというのは、顕在意識、潜在意識、超意識帯が混乱し、自分が自分でなくなり、悪霊の憑依を受けやすくなっているからです。

世間を震撼させる親殺し、友人殺しなどの突発的な事件も、その根をさぐれば彼らの家庭生活、そして、何よりも両親の想念の世界にあることもあります。

親が子どもに対して高圧的でなく、心の底で子供と手を取り合いながら、納得のいくまで話し合えるような家庭環境を作り出せば、今日の青少年の非行問題も、その何割かは未然に防ぐことができるはずです。

いやしくも親となったものであれば、子供という存在に対して、愛に支えられた深い関心をもって生活していく心がけが欲しいと思います。

社会悪、環境悪という難問があれば、なおさら、それらを超越した深く大きい愛を、子供に注いでやらなければならないはずです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

私の思春期

>非行の芽の何割かは、彼らの家庭生活を支配している大人たちの心の世界にあるのではないでしょうか、というのも、魔界的な不安定な心理状態の親に育てられた子供たちというのは、顕在意識、潜在意識、超意識帯が混乱し、自分が自分でなくなり、悪霊の憑依を受けやすくなっているからです。

 

う~ん、これわかります。

ちょっと違うかもしれませんが、私の思春期は、家の大人に反発だけでした。

実家の大人が魔界的な心理状態だったのかどうかはわかりませんが、自分から家族に見つからないように隠れながら、心の中では早く見つけて欲しいと願っていました。

そんなことを思っていても、行動は、怒り出すと話しかけても一週間は返事もせず無視ですから、誰も話しかけてきません。

おそらく、親もどう接していいのかわからなかったのでしょう。

大きくなってから、弟から言われたのが、自分の思い通りに生きている私のことをとてもうらやましかったと言っていました。

弟に言わせると、いつも大人に気を使って大人の言いなりになっている自分が嫌だったと言います。

私は私で、弟は大人から見ると長年の念願であった、実家の跡取りですから、とてもかわいがられ大事にされてうらやましい存在でした。

わたしにとっては、とても意外な言葉でした。

大人から見ると、私は4番目の女の子、女の子なんかもううんざりです。

その後に念願の男の子が産まれたのですから、小さい頃からいつも何でも弟が優先です。

思春期の頃には、私の内面にたまりにたまっていた大人に対してのものが爆発をしたのでしました。

今では、若い頃のなつかしい思い出です。