前回の続きです。
年をとるほど霊的感覚が発達し霊界志向が強くなる
肉体の能力や頭脳の能力のピークとちがい、精神の世界はもっと年齢が高いのです。
こと政治の世界では、ますます顕著になってきています県議会議員、国会議員など、四十代ではまだまだ子ども扱い、五十代でやっと一人前、総理大臣にいたっては五十五歳以上七十代以上というのが常識のようになっています。
多くの人を統率、指導し、さらに多人数の所帯を運営をしていくということになると、肉体や頭脳の力以上に精神世界の力が要求されてくるのです。
そして、このようなことについて、日ごろ心の世界についてなど少しも考えたことのない人であっても、本能的に知っているのです。
本能的ということが適切でなければ、それを生活の知恵と言うふうに置き換えてもいいでしょう。
すなわち、私達は生活の知恵として知っているのです。
このように、私達人類が人間の肉体、頭脳、精神の構図を無意識のうちにも把握していた証拠に、私達は長い歴史を通じて、何か事あれば、年長者、長老の意見に従うことが非常に多かったのです。
ところで、人間の肉体、頭脳、精神に絡んだ社会の問題はさておくとして、人間の肉体や頭脳の力が衰え、それに反して心、精神の力が向上してくると、どのようなことになるのか、そして、それが本章のテーマである自殺と、どのような関連をもっているのでしょうか。
まず、五十歳代を過ぎて強靭な肉体、唯物的な頭脳の働きが減衰することによって、ようやくわが春が来たれりと、その人間の(心の世界)、霊魂世界が表面に躍り出てくるのです。
それまでは、活発な肉体や頭脳の力が、心の世界に対して厚い壁となっていたのです。
こうなると、当然、自己の霊魂の働きが旺盛になってくるから、一般社会問題に対しても直観力が働くようになり、後輩に対しては正しいアドバイスができるようになってくるのです。
と同時に、六十歳、七十歳、と高齢になってくるほど自己の内部に豊かな精神世界が広がり、霊界の波動に対しても非常に鋭敏になってきます。
これが、老年者の霊界志向です。
次回に続きます。
半導体の件
>県議会議員、国会議員など、四十代ではまだまだ子ども扱い、五十代でやっと一人前、総理大臣にいたっては五十五歳以上七十代以上というのが常識のようになっています。
多くの人を統率、指導し、さらに多人数の所帯を運営をしていくということになると、肉体や頭脳の力以上に精神世界の力が要求されてくるのです。
隈本確先生の説に逆らうようで、ちょっと心苦しいのですが、この説も一理あると思いますが、今まではそれでよかったでしょうが、これからの時代は若い人も入らないと困ることも出てくるのではないかと思います。
この件では、私の独りよがりかもしれませんが、こういう考え方もあると思って読んでいただけると嬉しいです。
私はあまりIT関係のことは詳しくはないのですが、以前の日本は半導体の分野では世界でもトップを走っていたと聞きました。
ところが、今では台湾がとても進んでいると言います。
なぜ世界のトップを走っていた日本が今は落ち目になったのか、そこが政治の力だと聞いたことがあります。
半導体というものに対しての政治家の認識が無知過ぎたのではないかと聞いたことがあります。
こういうことは、年寄りの政治家にはどれほどの価値があるのか、あまりわかっていないのではないかと思われます。
政治がちゃんと、日本の半導体を守らなかったためだと聞いたことがあります。
これからの時代は、時代の先を読める人とても必要です。
もちろん、経験豊かな年配者も必要でありますが、若い政治家もある程度の人数は必要ではないかと考えます。