前回の続きです。
師からの呼び声
——あの地中深く埋められた柩の中に眠る師の魂は、いま、どのような世界にいるのだろうか?と、はっきり聞こえてくるのです。
師の、霊界からの呼び声が。
「隈本さーん、隈本さーん、助けてください!苦しい、苦しい、真っ暗闇だ、真っ暗闇だァ―、何とか助けてくださあーい……。私がまちがっておりました。神を、埴山姫之命をないがしろにしたわたくしが、まちがっておりました。なんとか助けてくださあい、西も東もわかりませーん……」
師の家にいても、自宅にいても、仕事をしていても、街を歩いていても、隈本確先生が師の魂に心の波長を合わせると、即座に、このような霊界からの悲痛な叫びが返ってくるのです。
そして、この師の悲痛な霊界通信を心に秘めながら、埴山姫之命大神に心の波長を向けても、何らの感応もありませんでした。
隈本確先生は、「捨ておけ、そなた」という神の心を暗に知ることができて、地獄・魔界でのたうち、苦しむ師をいかんともしがたかったのでした。
隈本確先生は、この師の霊界入りを通じて、いろいろ人生上の大きなことを学びました。
いかなる神霊能力、術を身につけようとも、人間の五感・知覚では感知することのできない神霊の存在について、人間の感覚や知恵で決めつけてしまう事の恐ろしさ、高き神霊のに対する不敬の念、そして、人間自身がもつ傲慢さという事についてなどなど、深く考えさせられたのです。
みのればみのるほど頭の下がる稲穂かな、という昔ながらの言葉が、この時ほど痛切に感じたことはありませんでした。
と同時に、隈本確先生はこのとき、今後自分がいかなる神霊能力を持とうも、決して謙譲の心を忘れてはならないと深く深く自らの心に誓ったのでした。
霊界に対してはもちろんのこと、現世の社会すべてに対しても通ずる謙虚、謙譲の心という問題が、この悲劇的な師の霊界入りを境にして、隈本確先生の想念界に大きく食い入ってきたのでした。

いつも聞こえる師の声
>師の家にいても、自宅にいても、仕事をしていても、街を歩いていても、隈本確先生が師の魂に心の波長を合わせると、即座に、このような霊界からの悲痛な叫びが返ってくるのです。
これはつらいですね。
波長を合わせまいとすればするほど、よけいに気になって無意識のうちに師の悲痛な声が聞こえてくるのではないでしょうか。
でも、埴山姫之命からは何の感応もありません。
しかも、隈本確先生には埴山姫之命からの返事はわかっているのです。
だから、師を助けたくても助けられないのです。
大霊界は厳しいです。
>隈本確先生はこのとき、今後自分がいかなる神霊能力を持とうも、決して謙譲の心を忘れてはならないと深く深く自らの心に誓ったのでした。
私が日神会に毎年行っていたころによく言われたのが、「謙虚礼節敬い愛慈しみ」という言葉でした。
「謙虚礼節敬い愛慈しみ」の言葉は、隈本確先生のこういう体験からきているのですね。
数日前に日神会からお便りが届きました。
長崎聖地も東京聖地も、参拝できるようになったという事です。
神主聖師教様御講話聖眼録御放映とあります。
長崎聖地は土曜日と日曜日で、
東京聖地は火曜日と水曜日です。
時間は11時30分~と13時~です。
事前の予約は不要です。
当日は会員証をお持ちください。
と、書いてあります。
私も行きたいのですが、火曜日と水曜日は用事があっていけないのですが、いつか必ず行きたいと思います。
前回書いた、救急車が異常に多かった日のことがわかりました。
市内にある大きな病院が増設されたので、そこに患者さんを搬送するためのことだったそうです。
救急車は、病院のものだったそうです。
それにしても、患者さんの搬送でも救急車のサイレンをならすんですね。