聖の親様と共に2

初心に帰って初代会長の隈本確先生の教えである「大霊界」の御本に沿って、日常の生活や日頃私が思っていること感じていることに絡めて、書いていきたいと思います。

類は友を呼ぶ

弱心障害者には低級霊が、悪心障害者には悪霊が憑依

今まで述べてきた悪心障害とか弱心障害ですが、世の中には、自分では気づかずにこれらの障害をもっている人が非常に多いのです。

だいたい、あっちが痛い、こっちが痛いと言っているような人の多くは、弱心障害か悪心障害の気味があると見て間違いありません。

これらの人達は、その想念の世界を大きく転換しない限り、どんな療法を試みても、思わしい効果は期待できないはずです。

隈本確先生がいつも言っているように、低い境地の心の持ち主には低級霊が群がり寄ってくるし、悪想念の持ち主には悪霊たちが群がり寄ってくるからであります。

類は友を呼ぶ、というわけです。

だから、私たちは常に自分の想念界、心というものを管理し、低い境地に落ち込まないように細心の注意をはらっていなければならないのです。

ここで言う低い境地とは、人を憎んだり恨んだり疑ったりする心をもつこと、また、愚痴、不平不満を持つ、くよくよする、イライラするなど、とかく建設的でない心の志向性を言っています。

その意味で、必要以上に心配をしたり、悲しんだり、無気力になったり、投げやりになったり、自信を喪失してしまったり……といった負の方向への心の傾斜も、もちろん、高き神霊の喜ぶところではありません。

ここで注意するべきことは、未浄化の低級霊ほど人間界の近くにあって、人間生活に介入したいという気分を強くもっているということです。

そしてその場合に、それら低級霊たちは、やはり自分と同様の低く落ち込んだ未浄化の想念をもった人間に好んで憑りつく(憑依する)、ということを肝に銘じておくべきでしょう。

また、低い境地と同様に、いな、それ以上に高き神霊が嫌われるのが、低いというよりは悪しき心の境地に陥った人々です。

つまり、悪心障害ということであります。

この悪心障害の中には、往々にして社会的には成功をおさめた「ひとかどの人」がいるものであります。

これらの人々は、ともすれば自分のもつ社会的地位、名声、財産のゆえに傲慢、不遜になりきってしまっています。

弱心障害に陥った人々が、しばしば異常なまでの自信喪失に悩むのとは反対に、これら悪心障がい者にあっては、異常なまでに自信過剰のことが多いのです。

これらは、共に高き神霊に愛されない心のすがたです。

およそ守護神としての神格をもったほどの神霊にあられては、人間・凡夫のもつ低い心の境地、悪しき心の境地を忌み嫌われるものです。

そのような低級な境地に、守護神自らが汚されることを潔しとしないのです。

したがって、私達人間が高き神霊に愛され、そのご加護を仰ぎたいと思うなら、私達は自らの心の境地を少しでも高いものに作り替える努力をしていかなければならないのです。

 

 

 

 

>類は友を呼ぶ、というわけです。

 

なるほどですね。

低く落ち込んだ未浄化の想念をもっている人間には、低級霊が憑依をし、悪しき心の人には悪霊たちが群がり寄ってくるんですね。

 

前回書いた生前贈与の税金の金額を聞いた時は、私は思わず心の中で「クソババア!!」と思ってしまいました。

そう、悪心障害です。

この場合のクソババアは、夫の母親と夫の姉の二人に対してです。

夫の母親には、生前同居している頃ずいぶん人生勉強をさせてもらったのに、死んでからもまだ私達を苦しめるのか、と思ってしまいました。

夫の姉に関しては、自分たちの都合で(土地と母親のお金狙い)で連れて行き、義母亡き後の義母の通帳にはほとんど残っていませんでした。

生前、義母が義姉にお金をせびられていたらしく、これでは自分の葬式代がなくなってしまうと言って、夫にその分のお金を預けた、そのお金の行方も気になって義母のお葬式が終わって一週間後くらいに、通夜と葬式に使った内訳を知らせろと言ってきた人達です。

もちろん通夜葬式を執り行った私達夫婦に、ねぎらいの言葉や感謝の言葉は、一言もありませんでした。

それだけではありません。

義母が亡くなる一年程前から、もう義母の通帳のお金が尽きたから、私達にそのお金を請求をしてきました。

それで、我が家から義姉に計100万円を渡しました。

義母が亡くなってから調べてみると、義母のお金で十分病院代施設代すべてまかなえ、余るくらいありました。

わたしたちも義母と26年同居したのですから、半分でももらえていたらこんな状態にならなかったのにと、思いました。

生前贈与の金額がはっきりしてからは、私がパソコンのExcelにある資産管理表とにらめっこして、こんな大金どうしよう、と、今度は弱心障害でした。

正直に書くと、私の心の中は3日間ほど悪心障害と弱心障害の両方でした。

でも、3日目あたりからこれではいけないと気持ちを立て直して、夫の親兄弟との縁切りの費用だと思うことで、納得しました。

気持ちが落ち着いてから思ったのは、これは今年だから払える金額で、昨年ではまだ足りないので土地を売るようだったと思います。

我が家は、不動産収入で助かっている部分もあるので、できるだけ土地は売りたくないのです。

今の我が国の政権は、国民にわからないような税金のあげ方をしています。

今まで免除されていたものが免除されなくなったり、ということが多々ありますので、もしかしたら、来年生前贈与の免除額が減額されたり、無くなったりする可能性もあります。

それを考えると、今年でよかったのではないかと考えました。

もしかしたら、ちょうど大丈夫な今年に守られたのかな、と考えたら気持ちが楽になりました。

やっぱり自分の魂を汚したくないですし、私や夫が不機嫌になっていると、家族みんなが気分が悪いでしょうから。

笑う門には福来ると申します。

あの人たちと縁を切ったら、良い事しかないと思うことにしました。