ひたすら守護神を念じた隈本先生
親兄弟や周囲の人達は、隈本確先生のやることなることがなんでもうまくいき、成功をするので、ただただ驚きの目で見ていました。
当時の隈本先生は、人間社会では、誰一人頼る人もなく、ただひたすら守護神を念じ、神霊能力をのばしてきました。
世間一般では、まず職業、事業を最初に考えます。
そして、余裕があれば、次に神霊治療を考えます。
ところが、隈本先生は逆です。
隈本先生は、真っ先に神、守護神を考えます。
それから、ずっと遅れて、時々事業のことを考えるのだそうです。
驚くべきことに、守護神を絶対的に信じ、奉持をして進むと、事業の繁栄も驚くべき幸運の数々が、自然に後からついてきます。
高い守護神を奉持している人には、高級神霊界から送られてくる霊念の応援がありますので、それがときには、奇跡の幸運をもたらしてくれます。
隈本先生の一番大きな仕事は、いかにして悪、欲、疑いという悪想念を打ち消すか、という事でした。
守護神からの霊流が隈本先生の体からほとばしり出て、神霊能力は飛躍的に増大し、それに伴って事業もますます繁栄をしていくのでした。
ここで隈本先生は、くりかえしいっています。
自己の悪想念を消すこと、高き守護神をいただくこと、このことが誰の人生にとっても幸運、強運につながっていくといいます。
人はとかく自分の不運を嘆き、愚痴をこぼし、あの時ああすればよかった、あの人にあんなことをされなければ……とか、過ぎてしまったことを蒸し返し、自分の不運を他者のせいにする人もいます。
中には、人の幸運をうらやみ、妬みの想いを起こす人もいます。
そのうえ、神詣で、祈願、占いなどの頼み事にふける人もいます。
隈本確先生は、言っています。
人間の幸運、不運というものは人間界の他動的な条件によってもたらされるものではなく、その他動的要因を自分の方に引き寄せたのは、自分自身なのだと。
病気、事故、災難などの不運の原因の80%までが、霊界からの波動(霊念の加担)プラス自己の念によるものです。
霊界からの波動といえども、事故の想念にふさわしいものしかかかわってこないのです。
だから、まず、自分の想念の管理、浄化が大切なのです。
>自己の悪想念を消すこと、高き守護神をいただくこと、このことが誰の人生にとっても幸運、強運につながっていくといいます。
>霊界からの波動といえども、自己の想念にふさわしいものしかかかわってこないのです。
結局ここに行きつきますね。
自分の想念の管理、浄化が大切のです。
やっぱり悪、欲、疑いの心を全て取り去って魂を澄み切った状態にしておくこと。
すべての暗く、沈んだ想念は捨ててしまう。
魂は常に輝き、活動的な想念だけを充満させておく。
隈本確先生は、このことを繰り返し繰り返し書いています。
私の個人的なことを言いますと、子供の頃から何でも悲観的に考える方でしたが、悪とか欲、疑いの心があまりありませんでした。
物事を素直過ぎるくらい素直に受け取り、考える方でした。
だから、自分でも思っていましたが、だまされやすいのではないか、と。
そういう面で気を付けていたのが、物事の本質を常に忘れない、という事と、人を見る時には、人の言っていることとやっていることに違いがあるかどうか、という事でした。
欲もほとんどなく、物欲は全くない方ではないけれど、何が何でも欲しいという事はありませんでした。
必要があれば買うけれど無ければ買わない、そんな感じでした。
だから今でも、ブランド物には一切興味がありません。
その他に人をうらやましがるという事は、ほとんどなく、人は人、自分は自分と考える方だったので、そういう面では人に振り回されることもなく、生きていくには楽でした。
そりゃ、うまくいっている人を見ると、何で自分だけと思ったりもしますが、その辺の気持ちの切り替えは比較的早い方だと思います。
私の一番の問題は、物事を悲観的に考えることでした。
そして、過ぎた過去を思い出し、自分を責めるのでした。
゛ああすれば良かった、こうすれば良かった”とか、あの人があんなことを言ったのは、自分のせいではないか、とか、とにかく人に対して気を使いすぎる、という事でした。
だから、今は、パソコンの側や、自分の寝室に上の赤い字で書いたものをおいています。
そして、気がついた時に自分に言い聞かせています。
以前は、不安感があったりすると、すぐに霊流をひいていました。
今は、もちろん聖という字を胸に描いた上に魂は常に輝き、活動的な想念だけを充満させておく、という想いを自分に言います。
いつもいつも聖の親様にお願いするだけでなく、自分自身でも不安感に打ち勝つ力を付けたいと思うようになりました。